海外文学読書録

書評と感想

クリストファー・ノーラン『TENET テネット』(2020/米=英)

TENET テネット(字幕版)

TENET テネット(字幕版)

  • ジョン・デイビッド・ワシントン
Amazon

★★

CIA特殊工作員の主人公(ジョン・デヴィッド・ワシントン)がテストに合格してTENETという組織に入る。TENETは第三次世界大戦を防ぐための秘密組織だった。主人公はニール(ロバート・パティンソン)とコンビを組み、武器商人のセイター(ケネス・ブラナー)が世界滅亡を企てていることを察知する。セイターには妻キャサリン(エリザベス・デビッキ)がいて……。

マーティン・エイミス『時の矢』のような時間の逆行を扱っている。逆行を映像で表現する心意気は買うが、実際に見てみると分かりづらいだけで面白くない。順行と逆行が混在したアクションはアクションとして爽快感に欠けるのだ。『時の矢』も実験精神のすごさに反して小説としてはつまらなかったので、時間芸術における極端な時間操作は作者のオナニーになりがちのようである。ただ、例外は『ジョジョの奇妙な冒険』だ。3部から6部までラスボスは時間操作系のスタンドだったが、どれもエンターテイメントとして及第点に達している。本作と似ているのは時を加速させる6部だが、アニメだと時を加速させる際の空間描写に見惚れてしまう(漫画だとちょっと分かりづらい)。今や実写映画はアニメに負けているのではないか。本作は進取の気性に富んでいて志が高いが、映像としては見栄えがせずさほど買えないのだった。

敵役のセイターがニヒリズムに取り憑かれていて、癌で余命幾ばくもないから世界を巻き込んで死のうとするところは『猫のゆりかご』【Amazon】を連想した。彼は裕福な武器商人のわりにメンタルが不安定で、妻キャサリンが自分の思い通りにならないことに苛立っている。仮に彼女が自分の物ではないとしても、他人の物にはさせない。所有欲・独占欲が強く、自分を嫌っている妻に対して異様な執着を見せている。世界の命運がそういったメンヘラのニヒリストに握られているのが本作の肝だろう。さしたる野望のないニヒリストが力を持つことほど怖いものはない。セイターは強面の見た目に反してメンタルが脆弱なところが印象に残る。

伏線とその回収が本作の見所になっていて、確かにどれも意外性があった。横転した車に乗っていたのが実は自分だったとか、オスロ空港で戦っていた相手も実は自分だったとか、時間を逆行するがゆえの擽りがある。オペラハウスにまで遡るニールの役割もいい。ただ、主人公が未来で云々はお約束ではあるものの、とんだ茶番じゃないかと脱力した。過去と未来の因果関係ががっちりしているところが決定論的すぎて乗れない。エンドロールが流れた瞬間、今までの戦いが何だったのか分からなくなってしまった。円環構造ということはずっとループするのだろうか? よく分からない。

『スワン・ソング』の項で書いた通り、世界を救うのはアメリカ人である。日本人やエジプト人ではない。アメリカは世界最大の軍事大国ゆえに世界を救う資格がある。一方、本作において世界の滅亡を企むのはロシア人だ。言うまでもなくロシアはアメリカが目の敵にするならず者国家であり、世界有数の軍事力を誇っている。だからこそ敵役の資格があるのだ。「正義」のアメリカと「悪」のロシア。両国の間に我らが日本は付け入る隙がなかった。本作を見てアメリカ人の自意識にほとほと呆れたのだった。