海外文学読書録

書評と感想

アラン・テイラー『ソプラノズ ニューアークに舞い降りたマフィアたち』(2021/米)

★★★

1967年のニューアーク。小学生のトニー・ソプラノは叔父のディッキー(アレッサンドロ・ニヴォラ)に懐いている。ディッキーの父(レイ・リオッタ)はマフィアのボスで、イタリアから若い美女のジョゼッピーナ(ミケーラ・デ・ロッシ)を連れてきた。2人は結婚するもボスは妻にDVをする。それに腹を立てたディッキーは衝動的にボスを殺してしまう。その後月日が経ち、トニー(マイケル・ガンドルフィーニ)は高校生になる。

『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』の前日譚。

蛇足としか言いようがない内容だが、ドラマ版にまつわる小ネタがちょいちょい入っていて楽しめた。リヴィア・ソプラノは若い頃から息子をまったく理解してなかったし、ジュニア・ソプラノとシルヴィオ・ダンテは再現度が妙に高くて感心する。そして、この時点で登場人物の因縁が見え隠れするところもいい。ディッキーにクリスという赤ん坊が生まれるが、クリスは長じてからトニーに殺される運命である。それを予期するかのように赤ん坊のクリスはトニーに懐かない。また、ボスになったトニーはジュニアとの関係に苦慮することになるが、ジュニアは本作でトニーの大切な人物を殺している。ジュニアの狷介な性格はこの時点で顕在化していた。さらに、ドラマ版のトニーは精神分析医のお世話になるが、その性質が遺伝と環境にあることを示唆されている。トニーの母は医者から向精神薬を勧められるほど病んでいた。あの母にしてこの子ありである。トニーは子供の頃から気苦労を抱える運命にあった。このように本作はドラマ版に繋がる小ネタが散見できるところが面白い。

マフィアの暴力性の強さはドラマ版を見て存分に思い知らされたが、本作でもそれが再現されている。特にディッキーは病的だ。彼は衝動的に父親に暴力を振るって死なせているし、また、愛人にも同様のことをして死なせている。彼には自制心がこれっぽっちもなかった。後先考えずに暴力を振るっている。百歩譲って愛人を殺すのは理解できるとしても、さすがに父親を殺すのは理解できない。家父長制の伝統が色濃いマフィア社会にあって父親は絶対ではないのか。それ以前に肉親に手をかけるというのも異常である。いとも簡単に父殺しを実行してしまうディッキー。彼は観客からしたら訳の分からない人物であり、それゆえに見ていて不気味である。

序盤は1967年のニューアークが舞台だが、その混乱ぶりが面白かった。当時はベトナム戦争と公民権運動があり、それに伴う暴動が町を席巻している。虐げられた黒人たちは暴徒と化し、店から略奪したり建物を放火したりする。それを鎮圧するため州兵が出てきて発砲する。辺りはちょっとした戦争状態だ。そんななかジャッキーが死体の隠蔽をするのである。序盤は混乱した町の様子が良かった。非日常的な光景がスリリングである。

トニーはマフィアのボスになる素質があるという。しかし、その裏付けが心許ない。客観的な指標としてはIQ検査と性格診断の結果が挙げられるが、それがどこまで素質と言えるのか分からない。また、マフィアの幹部がトニーの素質の高さに言及するが、具体的にトニーのどこを見て判断したのか分からない。とどのつまり、説得力のあるエピソードがないのだ。劇中に示されたのはクソガキとしてのトニーである。トニーのどこに素質があったのか。それを具体的な言動で示せなかったのは作劇上の大きな失敗だった。

本作はマイケル・ガンドルフィーニありきの企画なので蛇足の感は否めないが、ドラマ版のファンとしては小ネタを拾う楽しみがある。