海外文学読書録

書評と感想

アルフレッド・ヒッチコック『サイコ』(1960/米)

サイコ (字幕版)

サイコ (字幕版)

  • アンソニー・パーキンス
Amazon

★★★★

アリゾナ州フェニックス。不動産会社に勤めるマリオン(ジャネット・リー)が職場の金4万ドルを横領し、車で逃亡する。道中、警察官や中古車販売店の店主に怪しまれる。やがてマリオンはベイツ・モーテルに辿り着く。そこの経営者はノーマン(アンソニー・パーキンス)という青年で、近くにある自宅には精神を患った母親が住んでいた。マリオンとノーマンは部屋で雑談する。

原作はロバート・ブロックの同名小説【Amazon】。

若い頃はあまり良さが分からなかったが、今見たら普通に構成が良かった。よく見ると二部構成ではなく三幕構成になっていることが分かる。一幕目がマリオン、二幕目が私立探偵(マーティン・バルサム)、三幕目がサム(ジョン・ギャヴィン)とライラ(ヴェラ・マイルズ)と「こちら側」の人物を取り替えているところが面白い。一幕目が事件の発端となり、二幕目で解決のヒントを手に入れ、三幕目で無事解決する。再見なのでネタは割れていたが、こういったリレー形式にはほとほと感心したのだった。本作を見ると、アメリカの刑事がコンビを組んで捜査に当たるのは合理的だと痛感する。というのも、マリオンも探偵も単独行動だったからしてやられたのだ。逆にサムとライラは2人で行動したから助かっている。登場人物が同じ轍を踏まないためにはどうするか。そのシンプルな答えがここにある。

「人は罠にかかっていてそれから逃れることはできない」。ノーマンはマリオンに対して意味深なことを言う。このセリフはとても重要で、本作は罠にかかった人たちの物語と言えるだろう。マリオンもノーマンも罠にかかっている。マリオンはつい魔が差して大金を横領してしまった。しかし、彼女に計画性はない。行く先々で怪しまれているし、このまま逃げても捕まるのは目に見えている。マリオンは罠から逃れるためフェニックスに帰ろうと決意するが、時すでに遅しなのだった。一方、ノーマンも罠にかかっている。彼は過去に起きた事件が原因で母親に囚われており、この土地に縛り付けられていた。母親がいるからどこにも逃げられない。マリオンもノーマンも追い詰められた人間であり、より追い詰められた方がもう一方を食っているのである。ノーマンは小綺麗な見た目に反して心を蝕まれていた。移動するマリオンと定住するノーマン。2人は対照的な境遇でありながらどちらも逃れられない罠にかかっている。

「不幸なんてのは金で追っ払っちまうのさ」。会社に4万ドルを預けた客(フランク・アルバートソン)はそう言う。幸福を買うのではなく、不幸を追い払うのが彼のモットーだ。彼は会社の経営者であり、4万ドルは娘の結婚祝いだった。マリオンはその金を横領するが、彼女は不幸を追い払うどころか逆に不幸を呼び込んでいる。金を持っているせいで追われる恐怖を味わうことになったし、逃避行に出たせいで危険な場所に吸い寄せられてしまった。結局、金を盗んだことが不幸の始まりだったのだ。大金を手に入れても不幸を追い払うことができない。このような皮肉な状況が心に染みる。

本作はバーナード・ハーマンの音楽が素晴らしく、サントラを延々と流していたいほどだった。オープニングからただものじゃないと思わせる。これをリアルタイムで見た人たちは幸福だ。映像も音楽も当時の最新テクノロジーといった感じで光っている。