海外文学読書録

書評と感想

アルフレッド・ヒッチコック『鳥』(1963/米)

鳥 (字幕版)

鳥 (字幕版)

  • ティッピー・ヘドレン
Amazon

★★★★★

新聞社社長の令嬢メラニー(ティッピ・ヘドレン)が、ペットショップで弁護士のミッチ(ロッド・テイラー)と出会う。ミッチは11歳になる妹のためにラブバードを買いに来ていた。色々あってメラニーは港町にあるミッチの家にラブバードを届けることになる。その際、一羽のカモメがメラニーを攻撃してきた。

原作はダフネ・デュ・モーリアの同名小説【Amazon】。

久しぶりに見直したが、やはり技巧的で面白い。原作が第二次世界大戦の空襲をモチーフにしていたから、本作はキューバ危機の恐怖をモチーフにしているのだろうと思っていたが、全然そんなことはなかった。鳥に襲われる恐怖をシンプルに描いている。メラニーとミッチのロマンスは日常の軸であり、そこから小さな地域共同体が広がっているのだが、彼らの日常に突然災厄が訪れる。それも最初は一羽のカモメが襲ってきたに過ぎなかった。鳥の攻撃は段々とエスカレートしていく。一歩一歩段階を踏んでいくところが本作の肝だろう。見ているほうとしては大事になるのは分かっているが、そこに至るまで予兆を小出しにしていくところが嫌らしい。

鳥がなぜ襲ってくるのか理由が分からない。だからこそ不安だし、対策の立てようもないのだが、少なくとも通常の習性に反していることは確かだ。ここで面白いのはバーで住民たちが議論するところだろう。ある人物は人類こそが自然の敵だと主張する。ある人物は世界の終わりだと捲し立てる。各自解釈を試みるが、それが正しいのかは誰にも分からない。巧みなのはこの議論が観客の内心を代弁しているところだ。観客もなぜ鳥が襲ってくるのか理由を知りたいのである。それゆえに我々は画面に釘付けになるが、誰も理由を教えてくれない。相手が鳥だから動機が分からないというのは大きな発見で、通常のサスペンスだったら存在する核心が、本作の場合は空洞になっている。鳥の攻撃はその空洞によって駆動され、理不尽な災厄として町に降り掛かっている。この構図を取り入れたところが本作のエポックメイキングだった。

ドラマ部分も意外と力が入っていて、男女のロマンスの他に母と子の確執を軸にしている。メラニーにとって母は疎ましい存在である。なぜなら子供の頃に捨てられたから。一方、ミッチの母リディア(ジェシカ・タンディ)は息子に依存しており、彼に見捨てられないよう必死になっている。リディアは当初メラニーを敵視していた。なぜならメラニーが息子を奪っていくかもしれないから。ところが、メラニーとリディアの関係は危機を通じて最高潮に達する。2人は車の中で寄り添うことができた。このように人間ドラマは少ない言葉で説明できるくらい分かりやすい。鳥の空洞とは対照的になっており、だからこそ心の交流がもたらす温かみのようなものを感じる。感情豊かなヒトと無機質な鳥。2つを対比させたところが成功の要因だろう。

ジャングルジムに続々と鳥が集結してくるシーンが印象に残っている。総じて動的なシーンよりも静的なシーンのほうがサスペンスフルだ。また、音楽については『サイコ』と正反対のことをしていて、劇伴を使わず鳥のざわめきだけで不安を煽っている。ヒッチコックはサスペンスの巨匠だが、作品によって手法を変えてくるところは只者じゃない。『サイコ』と本作がキャリアの集大成のような気がする。