海外文学読書録

書評と感想

是枝裕和『ベイビー・ブローカー』(2022/韓国)

★★★

釜山。ソヨン(イ・ジウン)が教会の赤ちゃんポストの前に乳児を置いて立ち去る。張り込みをしていた刑事スジンペ・ドゥナ)が赤ちゃんポストに収納する。施設ではサンヒョン(ソン・ガンホ)とドンス(カン・ドンウォン)が働いており、2人は預けられた乳児を横流しする人身売買に手を染めていた。ソヨンの乳児も売り飛ばそうとするが、翌日、ソヨンが乳児を探しに教会にやってくる。

「生まれてくれてありがとう」には面食らったが、ソン・ガンホの演技が良かったので見て損はしなかった。等身大のおじさんを演じさせたらこの人の右に出る者はいないのではないか。おじさんを演じられるおじさんは貴重である。

赤ちゃんポストに乳児を捨てるのにも色々事情があるのだろうが、本作の場合は特殊すぎる。というのも、ソヨンは殺人犯なのだ。彼女は売春婦であり、乳児の父親はやくざである。ソヨンはそのやくざを殺していた。こんな状況では預ける以外の選択肢はないだろう。冒頭で刑事のスジンは母親の無責任ぶりをなじっていたが、実はそんじょそこらの母親とは違っていた。この特殊性がどうにも引っ掛かる。ソヨンのやっていることに正当性を与えているのだから。預ける以外の道はない、と行動を縛っている。この縛り方があざとかった。

世のフェミニストは中絶の権利を訴える。しかし、中絶が殺人であることは紛れもない事実だ。産んで赤ちゃんポストに捨てるのと、産む前に人工中絶で殺す。どちらが残酷であるかは言うまでもないだろう。教会はキリスト教の教義に基づいて赤ちゃんポストを運営しているが、結果的には極めて人道的なことをしている。どんな赤ん坊だって生まれてきたほうがいいに決まっているのだから。そういう意味でソヨンがみんなに「生まれてくれてありがとう」と言うシーンは強いメッセージになっている。そこには圧倒的な「生」の肯定がある。赤ちゃんポストに捨てられた子は一度存在を否定された。しかし、ここでは存在を肯定されている。

とはいえ、こういうのを実写ドラマで見るとちょっとこそばゆい。ある種の感動ポルノを見ているようで気恥ずかしくなる。存在を肯定するにしても、もっとスマートなやり方はなかったものか。天下の是枝裕和24時間テレビと大差ないレベルにまで堕ちているのが嘆かわしい。このシーンは出来の悪い学芸会みたいで面食らった。

誰もが円満な家庭を持つのは難しいと感じる。両親が揃っていて子供にたっぷりと愛情を注ぐ。それが理想なのだろうが、現実では家族のあり方も様々だ。離婚して片親になることも珍しくないし、子供を虐待する親がいるのも珍しくない。中には養護施設で親の愛情を知らずに育つ子もいる。多様性が尊重される昨今、家族のあり方も多様性が求められるのではないか。法律は戸籍の繋がりを大切にする。世間は血の繋がりも大切にする。そして、そこからこぼれ落ちた人たちは窮屈な人生を歩まざるを得ない。現代の家族制度はバグだらけで何らかのテコ入れが必要だと感じる。