海外文学読書録

書評と感想

フランチェスカ・T・バルビニ、フランチェスコ・ヴェルソ編『ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス』(2021)

★★★

アンソロジー。ヴァッソ・フリストウ「ローズウィード」、コスタス・ハリトス「社会工学」、イオナ・ブラゾブル「人間都市アテネ」、ミカリス・マノリオス「バグダッド・スクエア」、イアニス・パパドプルス、スタマティス・スタマトプルス「蜜蜂問題」、ケリー・セオドラコプル「T2」、エヴゲニア・トリアンダフィル「われらが仕える者」、リナ・テオドル「アバコス」、ディミトラ・ニコライドウ「いにしえの疾病」、ナタリア・テオドリドゥ「アンドロイド娼婦は涙を流せない」、スタマティス・スタマトプロス「わたしを規定する色」の11編。

「愚行だ」パノスがしわがれ声で言った。それからマノリを抱き締めた。顔をマノリの肩にぎゅっと押しつけたので、人造の皮膚にあざができそうだった。

「人間みたいな、きわめつけの愚行だ」パノスは続けたが、それでもバスのドアをあけてマノリを降ろしてくれた。マノリの腕と胴のあいだには、小銭入りの水差しがしっかりはさまれている。餞別だ。

「おれたちは人間だ」マノリは言った。だがパノスはすでにバスで走り去るところだった。生きて過ごせる最後の夏をできるだけ楽しむつもりなのだ。(pp.141-142)

以下、各短編について。

ヴァッソ・フリストウ「ローズウィード」。地球温暖化によって海面が上昇した世界。アルバが水没したマンションから建材のサンプルを取ってくる。その目的は……。地球温暖化を引き起こしたのが資本主義なら、それを利用して金儲けするのも資本主義。企業はいかなる状況でも商機を逃さず、まるでハイエナみたいである。最近ではよく金持ちが宇宙旅行や海底旅行をしている。しかし、それは命の危険があるからハードルが高い。もっと安全に危険な体験をしたい、という需要が出てくるのは理解できる。でも、それを富裕層が求めるのはどうにも癪に障るのだ。

コスタス・ハリトス「社会工学」。社会工学者の「おれ」がギルドの依頼を受ける。アテネの拡張現実のグレーゾーンに関するもので、三百万人の人間を説得して意中の候補に投票させたいのだという。拡張現実というテクノロジーが、現実の醜い光景を隠蔽する消臭剤みたいな存在であるのが悲しい。誰も気の利いたことに使わない。そして、ここにも資本主義の魔の手が伸びていた。拡張現実上の広告を支配すれば大金が動く。まるで広告で汚染されたネット空間のようだ。奴らときたらAdblockをすり抜けてくるからたちが悪い(このはてなブログも!)。

イオナ・ブラゾブル「人間都市アテネ」。アテネに転勤したマデボ駅長が弁務官の面接を受ける。世界は人本主義経済で成り立っていた。マデボは特急でやってきた労働者たちを最初に迎えるという重要な役割があり……。自己実現を目指すための社会設計もなかなかおぞましいものがある。社会を繁栄させるために個人を正しく導く。一種のパターナリズムではないか。思えば、僕が受けてきた義務教育もそんな感じだった。そして、本作は最後のセリフがイカしている。まるでアウシュヴィッツ強制収容所

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