海外文学読書録

書評と感想

アダム・ソベル『The Workers Cup ーW杯の裏側ー』(2017/英)

★★★

ドキュメンタリー。2022年カタールW杯に向けて、現場では160万人の出稼ぎ労働者が働いていた。出身地はアフリカ・中東・アジアで、みな有色人種である。労働者キャンプで集団生活をしている彼らは、企業の福利厚生の一環として開催されるサッカートーナメントに参加する。

オリンピックには選手村があるし、W杯にもキャンプ地がある。労働者キャンプはそれを大規模にしたようなものだろう。視界に入るのはすべて有色人種。それもほとんどが黒人である。画面中に有色人種がひしめき合う姿が圧倒的で、南北問題をひと目で分からせてくる。これぞ世界の貧困という感じだった。

労働者は各自企業に所属していて行動を制約されている。仕事を辞めることもできなければ、仕事を変えることもできない。勝手な外出も禁じられていた。労働時間は1日12時間。法令では週1で休みが必要とされるが、実際は週7で働かされている。そんな彼らの月収は400ドルだった。1ドル120円換算で4万8千円である。こんな長時間労働を強いられて日本のフリーター以下の稼ぎとは驚きだ。そりゃ確かに白人は来ないだろう。この程度の収入でも労働者は母国の家族に仕送りをしている。あるガーナ人は言った。「ガーナの天国よりここの地獄のほうがマシだ」と。世界の貧困地域ではこれ以下の収入で暮らしているわけで、SDGsの理念が達成困難であることが窺える。

そんな労働者のガス抜きになっているのがサッカートーナメントだ。企業24社が労働者チームを結成し、W杯さながらに大会を開いている。会場はW杯と同じだし、ユニフォームはプロ仕様だし、チームには熟練のコーチも就いている。草サッカーにしてはあまりに豪華だ。この大会は労働者の士気を上げるために行われている。同時に、企業にとっては自社のアピールにも使われていた。ここで有名になれば途上国でリクルートしやすくなる。資本制の思惑で大会が開かれているのは本家W杯と同じだ。そこには常に経済的な問題がある。

労働者はトーナメントを通じて団結している。選手もサポーターも自チームの勝敗に一喜一憂している。日々の労働は確かにつらい。しかし、彼らは所与の条件の中で人生を楽しんでいた。労働者キャンプでは食糧が提供され、夜はスタジアムで娯楽が提供される。まさにパンとサーカスである。しかし、ここで行われていることは世界の縮図そのものだろう。世界中の労働者はつらい日々をサッカー観戦で紛らわせている。娯楽によって一時的に感覚を麻痺させている。それは先進国でも途上国でも変わらない。だからこそサッカーがメジャースポーツになっているのだ。今日の試合は楽しかった。明日の労働も頑張ろう。それは資本制によって仕組まれた罠である。

結局のところ、現代は企業社会のディストピアなのだ。カタールの労働者キャンプを見るとそれがよく分かる。労働者のパフォーマンスを最大限に引き出すにはどうすればいいのか。企業にはそのノウハウが蓄積されており、あの手この手でガス抜きを用意してくる。現代の奴隷制は近代のそれよりもソフィスティケートされていて反乱を許さない。我々はパンとサーカスによって巧妙に支配されている。