海外文学読書録

書評と感想

ジェニファー・イーガン『マンハッタン・ビーチ』(2017)

★★

第二次世界大戦が勃発。19歳のアナ・ケリガンは5年前に父が行方不明になり、母と妹の3人で暮らしていた。アナは海軍工廠で工員として働いている。ある晩、友人とクラブに行ってオーナーのデクスター・スタイルズと知り合う。彼とは幼い頃に父に連れられて会っていた。父が失踪した謎を探るべく彼に近づく。また、アナにかねてから希望していた潜水士になるチャンスがやってきて……。

アーサーは身を乗りだし、深呼吸をひとつした。「この国は、どんな国家にも到達しえなかった高みへとのぼるだろう」静かにそう話しはじめる。「ローマ帝国にも、カロリング帝国にも。チンギス・ハーンにも、タタール人にも、ナポレオン時代のフランスにも。ハッ! どうした、頭の病院に片足でも突っこんだかという顔だな。なぜそんなことが可能かって? われわれの優位は、他国の征服によってもたらされるものではないからだ。われわれはこの戦争に無傷で勝利し、世界の銀行となる。われわれの理想や、言語や、文化や、生活様式を世界に輸出する。そして、大いに歓迎されるだろう」(pp.115-116)

わりとストレートな歴史小説だったけれど、現代人の価値観を潜り込ませて「いい話」にしているところがあって、個人的には興醒めだった。

潜水士の元締めである大尉は、当初女性に潜水させるつもりはなかった。アナが合格しても頑なに彼女のことを拒否していた。しかし、最後にはそんな大尉をアナが実力で認めさせる。女性が「男の世界」で己の地位を勝ち取ったのだ。実に「いい話」である。また、物語の終盤でアナが私生児を妊娠するのだけど、彼女は当時としては珍しいシングルマザーの道を目指す。世間の偏見に真っ向から立ち向かう。これも「いい話」である。でも、本当にこれでいいのだろうか? こういうのにケチをつけるのは我ながら心が歪んでいるような気がするけれど、現代人の理想を昔の人に仮託させて「いい話」にするのは何か違うのではないか。確かに非の打ち所がないほどの「いい話」なんだけどさ。でも、それはそれって感じ。現代人の後知恵で「いい話」にしているところが引っ掛かる。

言うまでもなく、現代の価値観は普遍的なものではない。50年前と現代が違うように、我々の価値観は時代を経てアップデートされていく。今から50年後には現代とはまた違った価値観が支配的になっているだろう。価値観は変遷するのだ。そして、その変遷は短いスパンでも起こりうる。たとえば、2年前に#MeToo運動が流行ったけれど、当初は男性の女性に対する性的虐待を告発したことが持て囃された。泣き寝入りした女性の怒りの声が大衆の共感を呼んだ。しかし、時が経てその見方も一変する。これは私刑ではないのか? 告発するならエビデンスを示すべきではないか? 現在では根拠のない名誉毀損行為であることが周知され、#MeToo運動は急速に萎んでしまった。今まで匿名掲示板で有名人のスキャンダルを晒し上げていたのをTwitterで代行しただけにすぎない。日本ではそういう評価で落ち着いた。このように、価値観とは手のひらを返すように変わっていく。まさに一進一退である。

船乗りになったエディが人種の坩堝を目の当たりにする場面が面白かった。船には色々な人種が乗り込んでいて、黒人が白人の部下を持ったり、あるいは中国人が白人の部下を持ったりしている。じゃあ、完全に実力主義の世界かといえばそうではなく、有色人種は出世するにも限界がある。いくら頑張っても船長にはなれないのだ。この辺は当時の戦場と変わらないなと思った。