海外文学読書録

書評と感想

ヴィム・ヴェンダース『東京画』(1985/米=独)

★★★

映画監督・小津安二郎をリスペクトしたドキュメンタリー。映画で描かれた東京を現在の東京から見出そうとする。俳優・笠智衆と撮影監督・厚田雄春へのインタビュー。パチンコ・ゴルフ練習場・食品サンプル工房への関心。また、当時流行っていた竹の子族を映している。撮影は1983年。

1983年の東京は全体的に芋っぽくて見るに堪えないのだが、これは現代人が見るからそう感じるだけで、当時は東京が世界の最先端だった。人口は世界一だし、最新のテクノロジーは集まっているし、経済的にも上り調子である(2年後、バブル時代に入る)。事実としては世界最高の都市のはずだ。しかし、本作を見る限りそうは思えない。竹の子族はただのアメリカ被れで死ぬほどダサいし、パチンコは紛れもなく日本の恥部だし、ゴルフ練習場には無趣味な家畜どもが集まっている。外国人がこんな光景を見たら失望するのではないか。実際、ヴィム・ヴェンダースもあまり乗り気ではないようだ。日本人の僕も見ていて気恥ずかしさをおぼえている。これなら50年代のほうがなんぼかマシだった、と。80年代の東京は風情もへったくれもない。唯一、新宿ゴールデン街だけが古き良き東京の名残をとどめていた。

笠智衆へのインタビュー。彼は演技力よりも小津の言うことを聞くことに専念していたという。小津の言われた通りにやるにはどうすればいいか。そのことだけに心を砕いていた。笠にとって小津は師であり、必死になって師の色に染まろうとしている。笠は1歳上でしかない小津を小津先生と呼んでいた。小津に拾われたことに恩を感じているようだ。個人的には小津映画の笠より黒澤映画の笠のほうが好きだが、これは後者のほうが演技力に重きを置いているからだろう。撮影現場でも他の俳優があっさりOKを貰うなか、自分だけ20回もリテイクされたそうで、これぞ古き良き師弟関係である。師は弟子に対してことのほか厳しいのだから。笠のインタビューからは小津へのリスペクトが感じられる。

厚田雄春へのインタビュー。ここはテクニカルな話が面白かった。小津は常に50ミリのレンズを使っている。40ミリは良くないと思っていたようだ。周知の通り、カメラの位置は常に低いが、被写体に寄るときは少し高くしていた。煽らないように気をつけていたのである。そして、カメラの三脚がめちゃくちゃ低い。世界一低い三脚を使っている。小津は地面に這いつくばってファインダーを覗いていたのだった。これを映像で見ると感慨深い。何せ想像以上に低いのだから。他にも、小津はロケをなるべく避けていたし、ストップウォッチで演技や風景撮影の時間を計っていた。小津の映画は拘りが満載で精密機械のようである。そして、小津はワイドスクリーンを嫌っていた。終生スタンダードサイズを貫いている。後世の人間としては1作くらい実験的にワイドスクリーンで撮って欲しかった。どういう絵になるのか好奇心が湧いてくる。

インタビューを通じて分かったことは、映画撮影の現場もわりと職人の世界であることだ。それこそ食品サンプルの工房のように。現場には師がいて弟子がいる。笠も厚田も師へのリスペクトを隠さない。「ものづくり」の現場は面白いものだと感じ入った。