海外文学読書録

書評と感想

リチャード・パワーズ『惑う星』(2021)

★★★★

宇宙生物学者のシーオは妻アリッサを事故で亡くし、今は9歳の息子ロビンと2人で暮らしている。ロビンは感受性の強い少年だったが、学校では問題児だった。精神科の診断では自閉症ADHDの疑いが出ている。動物愛護や環境保護の精神を人一倍持っているロビン。彼は研究所で神経フィードバック訓練を受けることになるが……。

天文学と子供時代との共通点は多い。どちらも長大な距離の旅を伴う。どちらも自分の理解を超えた事実を探究する。どちらも突拍子もない理論を打ち立て、可能性を無限に増幅させる。どちらも数週間ごとに鼻を折られる。どちらも行動の根底にあるのは無知、どちらも時間という魔法に魅了される。どちらも永遠に出発点に立っている。(p.88)

相変わらずリベラルな価値観が鼻につくが、今回は親子関係に焦点を絞っていたので親しみやすかった。シーオがインテリパパの見本のような「理解のあるパパ」で、癖の強いロビンに心を砕く様が微笑ましい。ロビンが問題を起こしても殴ったり怒鳴ったりしない。それどころか、やさしく寄り添っている。シーオはどんなことがあってもロビンの味方なのだ。僕もこんなパパになりたいものだと思った。

アメリカのインテリは環境問題について考えていて大変けっこうである。経済学より生態学を重んじる。実に立派である。しかし、俗物の僕はそれに与さない。動物愛護や環境保護ブルジョワの贅沢に見える。肉食をやめようとか、コオロギを食べようとか、ヴィーガン的な物言いには吐き気がする。まるでタワマンに住みながら「平等に貧しくなろう」と説いているかのようだ。我々貧者から生きる糧を奪うなと思う。脱成長主義のリベラルが許せないのは、自分たちが資本主義の恩恵を存分に受けているのに、後続には我慢を強いることだろう。我々だって勝ち組の味を知りたい。今更ストップをかけられても困る。僕はお前らブルジョワが心の底から憎らしい。

そんなわけで、わずか9歳でありながら動物愛護や環境保護に敏感なロビンは洒落臭い。彼が進歩的な人間とされているのが癪に障る。ロビンがこういう価値観を抱くようになったのも亡き母親の影響で、生前の母親は活動家として獅子奮迅の働きをしていた。僕からしたら「嫌なリベラル」の象徴である。かつてアメリカがトランプ政権になったのはポリコレ疲れが原因だった。リベラルが庶民に「正しさ」を押し付け、その「正しさ」で窒息しかけた庶民が反動的な「悪」に助けを求めたのだった。本作に出てくる大統領はトランプ元大統領の生き写しのようだが、当然彼をモデルにしているのだろう。大統領はアメリカに混乱を招いている。そして、その影響がシーオとロビンに降り掛かっている。リベラルな価値観を至上のものとしながらも、当のリベラルは退潮を余儀なくされているわけだ。「正しさ」に甘えていては世直しはできない。目的を達成するには人心を掴む誘引が必要である。リベラルはそれを踏まえたうえで政策をアジャストしてほしい。

母親の記憶を受け継ぐ。息子の記憶を受け継ぐ。ジャンプ漫画によくある「継承」が、本作にも出てくるところが興味深い。思えば、この地球も上の世代から下の世代へと受け継がれてきたのだった。奇跡的に生命が生まれたかけがえのない惑星。どうせだったらなるべく良い状態で後続に渡したい。この心情は僕にもよく分かるので、資本主義と上手く妥協しながら環境保護に取り組めればいいと思う。とりあえず、リベラルは庶民にコオロギを食わそうとするのをやめよう。正常な人間は肉のほうが好きなのだから。