海外文学読書録

書評と感想

岡本喜八『大誘拐 RAINBOW KIDS』(1991/日)

★★

和歌山県。戸並健次(風間トオル)、秋葉正義(内田勝康)、三宅平太(西川弘志)の3人が、地元の大富豪・柳川とし子(北林谷栄)を誘拐する。当初は身代金を5000万円要求するつもりだったが、人質のとし子が100億円まで引き上げさせる。以降、とし子が誘拐犯の指揮を執るのだった。

原作は天藤真大誘拐』【Amazon】。

人質のとし子が誘拐犯に協力する理由は面白かったけれど、それ以外はダメダメだった。全体としてはいかにもテレビ資本が入ったって感じの邦画で、演技も演出も現在に通じる俗悪ぶりだった。

昔と今とでは、民衆の国家に対する感覚がだいぶ変わったのだと推測される。要するに、30年前は国家をおおっぴらに馬鹿にしても良かった。『創竜伝』【Amazon】の刊行が1987年で、今読むと当時の空気が何となく読み取れる。お年寄りについては、日本という国家が大日本帝国の地続きにあり、国家は国民を苦しめるものである、そういう感覚を持っていたのかもしれない。団塊の世代にとっても心理的には反抗の対象だろう。また、バブル経済も国家を軽視する後押しになっていたはずだ。国家権力の尖兵たる公務員は安月給の物言わぬ囚人に過ぎなかった。ナショナリズムが吹き上がるのは、2002年の日韓ワールドカップまで待たなければならない。

冷静に考えると、庶民の僕が上級国民の柳川とし子に肩入れする理由なんてないのだけど、彼女は田舎によくいる人当たりのいいお婆ちゃんで、その辺はずるいと思った。また、柳川家の人たちもとし子のことを心配し、10億円もの金を用意しようと奔走している。悪党ヅラをした岸部一徳ですらいい人なのだから、この一家はどこかおかしいのだ。我々庶民が打倒すべきは本来こういう連中のはずなのに、どこか素朴な雰囲気さえ漂っているのだから拍子抜けである。金持ちは金持ちなりに苦労していて、その大本にいるのが国家だった。そんな同情すべき事情さえ窺える。

とし子の計画が成立するのも誘拐犯が3人ともいい人だからで、そこら辺は納得のいかないものを感じた。誘拐って人間を拘束する犯罪だから、スリや空き巣と違って相当な覚悟が必要なはず。生半可な悪党ではできない。現代のように、Twitterで知り合った家出少女を保護したら誘拐罪に問われてしまった、そんなレベルではないのである。誘拐犯があんな好青年でいいのかと思った。

それにしても、俳優の演技が軒並み酷かったのはテレビ資本が入っているからだろうか。邦画はもう白黒の古いやつだけ観ればいいのかもしれない。