海外文学読書録

書評と感想

ルキノ・ヴィスコンティ『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1942/伊)

★★★

イタリア。放浪者のジーノ(マッシモ・ジロッティ)が、ブラガーナ(ファン・デ・ランダ)の経営する食堂に入る。ジーノはブラガーナの妻ジョヴァンナ(クララ・カラマイ)に一目惚れするのだった。やがて二人は肉体関係になり、駆け落ちを実行するにまで至る。ところが、すぐにジョヴァンナが翻意して別れることに。ジーノは一人で旅立ち、旅芸人のスペイン人(エリオ・マルクッツォ)と知り合ってその日暮らしをする。

原作はジェームズ・M・ケインの同名小説【Amazon】。

自由と安定に揺れる男女のメロドラマといった感じだった。放浪者のジーノにとっては自由が何よりも大切で、それは金や愛では繋ぎ止められない。一方、ジョヴァンナにとっては安定が何よりも大切で、それは彼女が金目当てで年寄りと結婚したことからも明らかである。ジーノとジョヴァンナは共謀してブラガーナを殺害するのだけど、その後の生活を巡って2人は対立する。ジーノは店を売って新天地で人生をやり直したかった。それに対し、ジョヴァンナは今の場所に定住することを望んでいる。ここでもジーノは自由を、ジョヴァンナは安定を求めているのだった。後にジョヴァンナはブラガーナの保険金を手に入れるのだけど、案に相違してジーノはそれを喜ばない。むしろ、自分を保険金殺人の共犯にしたのかと憤っている。普通の人だったら、どんな形であれ金が入ったら嬉しいものだろう。しかし、ジーノにとってはそれが重荷にしかならないのだから面白い。彼は金に頓着しないからこそ自由でいられるのだ。そんなジーノと同じ価値観の持ち主が列車で知り合った旅芸人で、彼はその日暮らしをしながら旅を続けている。しかも、宵越しの銭は持たない主義らしく、金は他人のために気前よく使ってしまう。後に2人が再会したとき、食堂の店主に収まったジーノに対し、旅芸人は「お前は腰抜けだ」と言い放つ。これも当然のことで、旅芸人にとって自由を捨てたジーノは人生を捨てたのも同然なのだった。

とはいえ、人間はいつまでも自由ではいられない。ジーノが殺人の容疑で指名手配されたうえ、ジョヴァンナがジーノの子供を孕んだのだ。逃亡犯になれば嫌でも放浪生活することになり、これはジーノが望んだその日暮らしである。一方、ジョヴァンナが妊娠したのだから、安定した稼ぎと安定した住居が必要である。ここでジーノとジョヴァンナは相反する状況に直面するのだけど、しかし自由と安定の問題は一旦棚上げになる。とにかく警察に捕まらないことが最優先だから、車に乗って逃げるしかない。身を守るために最善を尽くすしかない。ところが、思わぬ事故によってすべてが終わってしまうのだった。

自由と安定の間で揺れ、それが強制的に終了させられる。人生とは惨いものだと思う。