★★★★
短編集。「あの夏」、「六〇一、六〇二」、「過ぎゆく夜」、「砂の家」、「告白」、「差しのべる手」、「アーチディにて」の7編。
二人は仲の良い姉妹みたいに並んで昼寝したりもした。スイは眠るイギョンをただ静かに見つめるのが好きだった。イギョンはうつらうつらしながらもスイの視線を感じ、目を開くと自分に見入るスイの黒い瞳が見えた。同じ枕の上で見つめ合うと、スイの瞳にはスイの顔を湛えた自分が映っていた。二人は温もりを感じながらぼんやりと互いの瞳に浸っていた。言葉は必要なかった。(p.16)
以下、各短編について。
「あの夏」。16歳の夏にイギョンはスイと出会い、同性愛の関係になる。高校を卒業後、2人はソウルに出る。イギョンは大学に、スイは専門学校に通うのだった。2人は交際を続けていたが、イギョンはレズビアンバーで見かけたウンジに惹かれる。交際中に別のいい人が現れたとして、そちらに乗り換えるとだいたい失敗する。僕もそういう経験をした。本作の場合、ウンジの魅力以上に、スイが心を閉ざしていたのが原因だろう。スイは傷を負った人間で、簡単には人を中に入れないところがある。ところで、スイとウンジの間で引き裂かれたイギョンが、直後に病を得る展開には面食らった。こういう古臭いクリシェは現代だと一際目立つ。
「六〇一、六〇二」。小学生の「私」は、同じマンションに住む同い年のヒョジンと友達になる。ヒョジンは兄から暴力を受けていた。さらに、「私」の両親は祖母から跡継ぎの男子を産むようプレッシャーをかけられている。「私」とヒョジン、2つの家庭には旧弊な価値観による理不尽な状況があって、こういうのはいかにもアジアだなと思った。何せ長男が家の跡継ぎになる文化だし。女は家族を支えるという古い価値観の元で育てられる。必然的に男尊女卑の家庭になるわけだ。本作はヒョジンが学校の発表で家族を紹介する場面がせつなくて、この調子じゃ将来精神疾患になるのではと心配になる。
「過ぎゆく夜」。留学先から帰国したユンヒが妹のジュヒと再会する。ジュヒは1年前に離婚したばかりだった。姉妹と言っても別々の人間なので、たとえ同じ釜の飯を食っていたとしても、すれ違いがあったり軋轢があったりする。そして、大人になったらそれぞれ自立していくのだ。そんな2人も久しぶりに再会すると相手を気遣っているのだから、家族って不思議だと思う。過ごした時間の長さは裏切らない。一人っ子はこういう感覚を味わえないから可哀想だ。
「砂の家」。パソコン通信のオフ会で知り合った3人の同級生たち。「私」、モレ、コンムはそれぞれ問題を抱えながらも、リアルで交流を続ける。フィクションで描かれる青春って、ほろ苦かったりひりついていたり、「これが若さか」って感じの複雑さがある。僕は総じて楽しい青春時代を送ったので、こういうのにはどうしても作り物めいたものを感じてしまう。でも、人を愛するだとか、他人に理解される/されないだとか、青年期の悩みを思い出せたのは収穫だった。歳をとると嫌でもタフになる。自分がかつて苦しんでいたことに鈍感になる。そして、若者の悩みに共感できなくなる。たまには青春小説を読んで初心に帰るのも悪くないかもしれない。
「告白」。ミジュの告白。彼女は高校時代にジョナ、ジニの2人と友情を育んでいた。ところが、ある日ジニがカミングアウトする。それを機に3人の関係は崩壊するのだった。この年代はとても残酷で、世間の規範から外れた人間に対して厳しい言葉を投げかける。人の気持ちを考えず、平気で傷つけるようなことを口にする。日本の女子高生も他人に対して「キモい」を連呼するから、こういうのは我々にとっても身近だろう。加害者でも歳をとって分別がつくと後悔するもので、それが呪いのように人生にまとわりつく。何かあるたびに思い出して「あー!」っとなるのだ。人間は嫌なことに限ってよく覚えている。
「差しのべる手」。ヘインが義理の叔母ジョンヒとソウルの街中で偶然再会する。ヘインは子供の頃、ジョンヒによって育てられた。ところが、ジョンヒは叔父の死後に失踪する。光と闇を効果的に使ったラストが素晴らしい。ヘインの抱いていたわだかまりが消え、和解への予感で終わっている。こういうの好きだわ。
「アーチディにて」。ブラジル人のラルドが母親に愛想を尽かされ、アイルランドのりんご園で働くことになる。彼はそこで韓国人のハミンと知り合うのだった。ハミンは母国で看護師をしていたが……。看護師の闇落ちってわりとよく聞くよね。死にかけの患者にいちいち同情してたら身が持たない。だから機械的な流れ作業になっていく。ハミンは自分が人間らしさを失ったことに対して後悔の念があるようだけど、でも、仕事って多かれ少なかれ人間性を犠牲にするから、あれはあれで正しかったと思う。変に使命感を持ったらやりがい搾取によって疲弊する。だから冷たいくらいがちょうどいい。自分の身を守るのが一番だ。