海外文学読書録

書評と感想

マーガレット・アトウッド『オリクスとクレイク』(2003)

★★★★

人類が絶滅し、〈クレイクの子供たち〉と呼ばれる新人類が生きている世界。唯一の生き残りであるスノーマンが、かつての世界を回想する。当時ジミーという名前だったスノーマンは、高校でクレイクという天才少年と出会って親友になる。一方、貧しい村で生まれた少女オリクスは、人身売買によって親元を離れる。

「どうして醜いものについて話したいの?」と彼女は言った。その声は銀鈴を振るようで、オルゴールのようだった。彼女は片手を空中で揺らめかせ、爪を乾かしていた。「なるべく美しいことだけ考えるべきよ。あなたは足元の泥しか見ていないのよね、ジミー。あなたのためにならないわ」(p.180)

マッドアダム3部作の1作目。

いわゆるポストアポカリプスを題材にしてるのだけど、実はスノーマンの少年時代――人類が絶滅する前――からディストピア的な社会になっていて、その世界観が面白かった。この世界では遺伝子操作の技術が高度に発達し、北米ではエリートが〈構内〉と呼ばれる高級住宅地に、平民がヘーミン地と呼ばれるスラム街に住んでいる。どうやらシリコンバレーも真っ青の企業社会になっているようで、人材を囲い込むことで格差社会を維持しているようだ。当然、企業なので利潤を追求してえげつない計画を準備している。といっても、作中にはそういう支配体制が克明に描かれているわけではない。しかし、うっすらとかつ存在感を持って屹立していて、そのディストピアぶりはぞっとするものである。2018年に中国でデザイナーベビーが誕生したのが話題になったけれど、この倫理観の延長上にあるのが本作だろう。彼らは遺伝子操作によって動物を作り変え、人間さえも作り変える。ここに描かれているのは、今世紀にあり得たかもしれない現在である。

本作はストーリーテリングが巧みで、人類がなぜ滅亡したのか、オリクスとクレイクはそれにどういう役割を果たしたのか、ポストアポカリプスに至る経緯を小出しにしながら進める手並みが優れている。先が知りたくてついページを捲ってしまうタイプの小説だ。また、スノーマンの過去のみならず、現在の時制も不気味で、〈クレイクの子供たち〉の生態や、遺伝子操作された野生動物の挙動にも目が離せない。読者としては、氷山の一角を徐々に大きくしていく展開が良かった。

作中に〈血と薔薇〉と呼ばれる取引ゲームが出てくる。「血」は人類が行ってきた虐殺を意味し、「薔薇」は人類が作り上げてきた功績を意味している。このゲームでは、両者をトレードしてモノポリーのように競い合う。ここで疑問が生じる。終盤で明かされるクレイクの所業は、「血」と「薔薇」のどちらなのか。クレイクの動機は不明だけど、結果的には彼のデザインする世界になった。遺伝子操作された動物や人間が暮らす世界になった。クレイクは神になり、スノーマンはそこでマッドアダムとして生きることになった。生きとし生けるものはリセットされたのだ。それは同時に今まで支配的だったディストピアを吹き飛ばすことになったけれど、革命の行く末がこれでいいのかは考えさせられるところで、ここで出現したパラダイスには呆然とするしかなかった。

人類にとって、あるいは生命にとって、どうなることが幸せなのだろう? 本作はそういった疑問を超越的な視点で突きつけてくる。