海外文学読書録

書評と感想

諫山創『進撃の巨人』(2009-2021)

★★★★

人類は突如現れた巨人によって存亡の危機に陥り、巨大な壁を三重に築いてその中で100年間平和に暮らしてきた。そんなある日、体長60mを超える超大型巨人が壁外に現れ、シガンシナ区の扉を蹴り破る。そこから多数の巨人が侵入してくるのだった。10歳のエレン・イェーガーは目の前で母親を巨人に食われてしまう。5年後、復讐を誓ったエレンは幼馴染のミカサやアルミンと第104期訓練兵団に入団する。

全34巻。

今世紀を代表する漫画であることは間違いないものの、夢中になって読んだのは地鳴らしが発動するまでで、以降は物語の畳み方がいまいち納得いかなかった。それまでの苛烈なサバイバル観に比べると倫理的に過ぎるし、ラストバトルも退屈で『鬼滅の刃』レベルにまで落ちている。しかし途中までは文句なしの傑作なので、今世紀最高の漫画であることに異論はない。何より全体の構成が素晴らしく、世界観の作り込みや伏線の用い方には感銘を受けた。だんだんと謎が明かされていくのでとにかく先が気になる。

わりと初期から特攻隊みたいな消耗戦をしていて、全体のために個を犠牲にすることが強調されている。残酷な世界で人類が存続するためには、我欲を捨てることがもっとも大切なのだ。こういった全体主義は『鬼滅の刃』の鬼殺隊に通じるところがあって、これはテン年代の問題意識なのだろう。ゼロ年代に猛威を振るった新自由主義のアンチテーゼ。とどのつまり、新自由主義は我欲が先に立って人類全体を考えていない。結果的には取り返しのつかない格差社会を生むことになった。そういった不満がテン年代のエンタメに噴出したと思われる。

我欲の問題で面白いのが、調査兵団第13代団長エルヴィン・スミスだろう。エルヴィンは人類が前進するために自分の命を投げ出すくらいの覚悟があるものの、その動機には外の世界への好奇心があった。彼は自身の好奇心のために多数の部下を死なせている。そして、気がついたら数多の屍の上に立っていた(この部分、『ベルセルク』【Amazon】のグリフィスを思わせる描写がある)。そんなエルヴィンは、世界の秘密が眠る地下室に行きたくて仕方がない。そこに行けば幼い頃からの夢が叶うのだ。外の世界はどうなっているのか。この世界はどういう成り立ちをしているのか。ところが、その願いは叶わずエルヴィンは死んでいく。長年抱え続けてきた我欲が後少しというところで成就しない。それは皮肉であると同時に、言い知れぬ悲しみを誘う。

選択することの困難さを描いているところも本作の特徴だ。この世界で迫られる選択はだいたい命に関わるものである。選択には結果が伴うものの、決断を迫られている時点では誰にも結果は予想できない。未来は分からないから正しい選択も分からないのだ。これって言われてみれば当たり前のことだが、平和な世界で暮らす我々にはなかなか気づきにくいことでもある。というのも我々が行う選択なんて、昼飯に何を食うかとか、休日に何をして過ごそうかとか、せいぜいそういうレベルのものだから。命に関わる選択なんて滅多にしない。残酷な世界では選択に重みがあり、同時に困難さも伴う。本作は、「生きることとは選択することである」という冷徹な事実を突きつけてくる。

マーレ編に入ってからは、現実の国際関係をモデルにした要素が出てくる。この部分はなかなかコメントしづらいのだが、終盤で戦後民主主義っぽい倫理的な思想が出てくるのも現実の世界を踏まえているからで、地鳴らし以降の展開がああなるのも仕方がないのだろう。憎しみが憎しみを生む対立関係をどう解消するか。戦後の問題を終わらせたいという意識がひしひしと伝わってくる。