海外文学読書録

書評と感想

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』(2016-2020)

★★★★

大正時代。竈門炭治郎は少年ながら炭焼きの仕事で家計を支えていたが、ある日、一家が鬼に惨殺されてしまう。妹の禰豆子が唯一生き残るも、彼女は鬼にされてしまった。炭治郎は厳しい試練を経て鬼殺隊に入隊する。

全23巻。

アニメ【Amazon】だけ見て済まそうと思ったが、我慢できずに原作を全巻買ってしまった。漫画とアニメの大きな違いは物語のテンポで、アニメがややゆったりしたペースなのに対し、漫画はさくさく先に進んでいる。

本作は最初から最後までテーマが一貫しているところがいい。連載漫画でこういう長期的なビジョンを達成するのはなかなか難しいと思う。というのも、連載漫画は人気が出ないと打ち切りになるため、どうしても場当たり的な見せ場の確保に走ってしまうから(場合によっては編集部によって路線変更を強いられる)。特に週刊少年ジャンプはアンケート至上主義と言われており、打ち切りの判断は他誌よりもシビアである。そう考えると、各話ごとのアンケートを上位で乗り越え、自分の書きたいテーマを書きたい分量で書ききったところは神業と言うほかない。無事に完走したことを言祝ぐべきだろう。

歴史という縦軸と仲間という横軸を交差させながら、「想いを受け継ぐ」という熱いテーマを芯に据えていて、メッセージ性の強さは少年漫画ならではだ。兄弟にせよ仲間にせよ、登場人物の関係はだいたいこういった絆に収斂されることになる。その一方、敵キャラとの関係においては確執やすれ違いなんかも描かれており、人間関係がままならないものであることも示している。戦いを通じて人間が持つ光と影に焦点を当てたところが人気の源泉だろう。鬼はもちろん殲滅すべき敵だが、彼らも元は人間であり、それぞれに物語がある。バトル後に挿入される走馬灯によって、作品に深みが出ているのは特筆すべきだ。

初連載のわりにはバトルも読ませるが、終盤に入ってから必殺技を連打するところはあまり感心しなかった。RPGのボス戦を見せられているような気分である。もうちょっと格闘や殺陣に力を入れてほしかった。特に最後の鬼舞辻無惨戦は攻撃が単調で、ラストバトルがこれでいいのかという疑問がある。たとえば、本作がリスペクトしている『ジョジョの奇妙な冒険』【Amazon】は、ラスボスとの戦いがとても知的で一番の見せどころになっているわけで、ここはもっと戦術的な工夫がほしかった。

憎悪共同体としての鬼殺隊は興味深い存在で、彼らは鬼舞辻無惨の言う通り異常者の集まりである。モブ隊員が肉の壁を作って柱を守る場面なんか狂気の最たるものだろう。彼らはいかなる犠牲を払ってでも鬼舞辻無惨を殺したい。殺したくて殺したくて仕方がない。「想いを受け継ぐ」の裏にはこのような暗い情念が隠れていて、正義(復讐)の遂行も決して綺麗事では済まない。全体のためなら喜んで個を殺す。本作にはシビアな現実が描かれている。

上弦の鬼が柱よりも強いのが良かった。無限列車編まで柱が無類の強さだったから、それ以降のバトルでは緊張感が漲っている。実力者たちが協力してやっと倒せるレベルなのがいい。それと、鬼舞辻無惨をはじめ鬼たちが生にみっともないくらい執着しているのも好感触である。生き延びるためなら敵に背中を見せて逃げることも辞さない。そこは自己犠牲を最上の価値とする鬼殺隊と正反対だった。