海外文学読書録

書評と感想

マイケル・カーティス『カサブランカ』(1942/米)

★★★

ヴィシー政権下のモロッコ。そこの都市カサブランカには、ポルトガル経由でアメリカに亡命しようと多くの人々が集まっていた。アメリカ人のリック(ハンフリー・ボガート)は、カサブランカで酒場を開いている。あるとき、反ナチ地下組織の指導者ラズロ(ポール・ヘンリード)が、妻のイルザ(イングリッド・バーグマン)を伴って酒場にやってきた。イルザはリックの元恋人で……。

プロパガンダ映画のわりには意外と見れる出来だったが、普通の映画として見ると凡作だと思う。やたらと気障なセリフが頻出するロマンスで、ハンフリー・ボガートのダンディさが目をみはる。

でも、このセリフ回しは並じゃない。「昨日はどこに?」と女に聞かれたリックは、「そんな昔のことはおぼえてない」と返し、続いて「今夜会える?」と聞かれた際は、「そんな先のことは分からない」と答えている。こういうのを嫌味なく言える男は、世界中探してもハンフリー・ボガートしかいないだろう。さらに、イルザと酒を飲むシーンでは、グラスを持ち上げて「君の瞳に乾杯」と言ってのけている(それも1度ではなく3度も!)。まるでレイモンド・チャンドラーの小説のような雰囲気で、この気障なセリフ回しは癖になるほどだった。僕も今度クラブに行ったとき、ホステス相手に言ってみようと思う。「君の瞳に乾杯」って。

男女のロマンスにはいまいち興味が持てなかったが、物語の帰結に当時の倫理観が反映されていて興味深かった。リックとイルザは当初はいくぶん距離があったものの、いつしか焼けぼっくいに火がついて相思相愛になる。ところが、イルザには夫のラズロがいるため、2人の恋愛は成就されない。リックはイルザを愛するがゆえに、彼女とその夫を何とかしてアメリカに送り出す。リックは自己犠牲を払ったのだ。これが後の時代の映画だったら、ラズロは官憲に殺されてリックとイルザの不倫が成就されただろう。しかし、本作は昔の映画だからそうならない。婚姻関係に縛られた道ならぬ恋をまっとうしている。この奥ゆかしさがツボだった。やはり不倫はよくないと思う。

見ていて心苦しかったのは、ある女がリックのところに出国ビザの金をタカりに来たシーン。こういうのは断りづらいからタチが悪いと思った。僕も幼馴染から借金の申し込みをされたことがあるので、そのときの情景と重ねてしまう。どちらも人の情けにつけ込んでいて腹立たしい。特に僕は守銭奴だからなおさらだ。せめて何らかのリターンが欲しいものである。

酒場でドイツ兵たちが「ラインの守り」を歌っているところに、リックが演奏隊に指示して「ラ・マルセイエーズ」を奏でさせ、ドイツ兵の歌を打ち消すところ、演出としてはなかなかいい感じだった。愛国的な要素は今見ると鼻白むが、アイデア自体は秀逸で感心する。本作はプロパガンダとエンターテイメントを程よく折衷していて、それなりに見れる映画になっていた。