海外文学読書録

書評と感想

岩井俊二『スワロウテイル』(1996/日)

★★★

円が強かった時代。一獲千金を求めてやってきた外国人たちはこの街を円都(イェン・タウン)と呼び、一方、日本人は彼らのことを円盗(イェン・タウン)と呼んで蔑んでいた。そんなある日、母を亡くした少女(伊藤歩)が娼婦グリコ(CHARA)に引き取られ、アゲハと名付けられる。グリコたちはひょんなことから一万円札のデータが入った磁気テープを手に入れ、それを使って偽札を作りまくるのだった。その後、グリコはライブハウスで歌っていたところを見初められて歌手デビューする。

不法滞在の外国人(円盗)に焦点を当てた無国籍風の映画。彼らはほとんど日本語を使用せず、中国語と英語のちゃんぽんで会話している。本作が公開された当時は、蛇頭という中国系のマフィアが跋扈し、街ではイラン人が偽造テレホンカードを販売、フィリピン人の女性が風俗で春を売っていた。そういう時代だからこそ、この無国籍風の世界観にリアリティがあったのだろう。ひとことで言えば、中国の租界を日本に移したようなアジア感。現代人が見ると過剰な流氓神話に見えないこともないけれど、しかし、今はこれが一周回って現代性を帯びていると思う。なぜなら、日本では人口減少によって労働力が不足し、それを補うためにじゃんじゃん外国人を受け入れているから。2018年のデータによると、在留外国人の割合は総人口の2%で過去最多だという。そういった背景もあって、この世界観は日本の未来じゃないかと思った。

ボロ屋に住んでいる円盗たちが、非合法的な手段で金を稼いでたくましく生きている。詐欺や売春は当たり前、偽札を作ったり、殺人を犯したりもしている。そういうアジア系らしい生命力の強さ、洗練とは程遠い猥雑な生活ぶりが、本作の特徴であり魅力であると言えよう。円盗を演じているのがほとんど日本人俳優だったので、個人的には慣れるまで違和感があったけれど、慣れてからは悪くないかなと思うようになった。この映画だと、日本人は円盗にやられる側・騙される側でもあるし、一方で、警察に代表されるように円盗を虐待する側でもある。円盗の物語から垣間見えるこの両極端の日本人像が興味深かった。

円を手に入れることに狂奔した円盗たちが、ラストで大量の札束を火にくべている。それは偽札の偽造によって取得したあぶく銭だった。このシーンを見て、本作はバブル時代の日本人を風刺した映画なのだということに気づいた。円に踊らされた日本人。それを円盗という不法滞在の外国人に仮託して描いている。あの頃の日本人は本当に駄目だったなあ、と嘆息した。