海外文学読書録

書評と感想

ヘンリー・キング『頭上の敵機』(1949/米)

★★★

1942年。イギリスに駐留するアメリカ空軍第918爆撃隊は、ドイツ軍の反撃によって甚大な被害を受けていた。航空指令のダヴェンポート大佐(ゲイリー・メリル)は、部下に同情しすぎて部隊の士気を低下させている。彼に代わって航空司令に就任したサヴェージ准将(グレゴリー・ペック)は、士気を上げるべく部下たちに厳しくして規律を叩き込む。

戦争を題材にしてはいるものの、戦闘はメインではなく、いかにして部下の士気を上げるかというマネジメントに焦点を当てている。戦闘シーンは終盤にご褒美みたいな形で固め打ちされている程度。尺のほとんどは基地内での人間描写に費やされている。

どうやら部下にやさしい上官は駄目みたいだ。戦争とは、いかにこちらの命を効率よく犠牲にして、敵方の命をたくさん奪うのかというゲームだから、やさしいと味方の命を犠牲にすることができない。軍隊の目的はあくまで組織の勝利であり、そのために個人の命は捧げられている。組織のため、兵士を限界まで使い倒すことが理想とされているのだ。これはこれで立派なことだけど、しかし僕みたいな個人主義者にはきつい場所である。僕はこの世で自分の命が一番大切だと思っているので、それを他人のために犠牲にするなんてことはあり得ない。友達よりも自分、恋人よりも自分、子供よりも自分である。もちろん、国のために命を捧げるなんてまっぴらごめんだ。蓋し、兵士とは究極の利他的職業ではないか。今後、軍隊に入ることは絶対にしまいと固く決心した。

どうすれば部下を思い通りに動かせるのか? 旧日本軍はそれを暴力で達成していた。上官には絶対服従、逆らったら鉄拳制裁である。この辺の様子は小説『神聖喜劇』に詳しい。一方、アメリカ軍は旧日本軍と組織のあり方が違っていて、ここでは部下が上官に対し、自分の意見なり要望なりを述べている。この部分、個人的にはとても衝撃的だった。現代日本の労使関係よりもはるかに健全ではないか。そりゃ日本がアメリカに勝てるわけないよなあと思い知った。

最初は部下に対して厳しくしていたサヴェージ准将も、戦闘で部下を失って情が移ってしまう。前任者みたいになりかけてしまう。改革に取り組んだ彼自身も、司令としては完璧ではなかったのだ。この辺は人間味が感じられてなかなか面白いと思う。とどのつまり、冷酷になれるのは現場を知らない人間だけなのだ。彼らの働きを実際に見ていないからこそ使い捨てにできる。僕も世の負け犬たちには冷淡な態度だけど、それは彼らのことをよく知らないからであり、親密になったらきっと准将みたいに感情移入するだろう。現場を知ることが果たして良いことなのか悪いことなのか。一筋縄ではいかない問題である。