海外文学読書録

書評と感想

エドウィージ・ダンティカ『愛するものたちへ、別れのとき』(2007)

愛するものたちへ、別れのとき

愛するものたちへ、別れのとき

 

★★★★

2004年。35歳のエドウィージ・ダンティカは妊娠していた。一方、彼女の父親は69歳、肺病に罹って死にかけている。エドウィージは幼少期に伯父と祖国のハイチで暮らしており、当時両親は先にアメリカに渡ってハイチに仕送りをしていた。やがてエドウィージもアメリカに渡ることになり、伯父はハイチに残るが……。本作は自伝という形式を取りながら、父親と伯父、2人の父について物語る。

「医者に何が判るのよ?」と彼女は叫んだ。

「医者は検査をしたわ」と私は言った。「それに、父も知っているわ」

「あのねえ」と話をさえぎって彼女は言った。「医者なんてくそくらえよ。私たちはみんなこれから死ぬのよ。だれかがシャワー中に転んで頭を打つかもしれない。バスに轢かれるかもしれない。雷に打たれる人だっているかもしれない。だれだってみんな死ぬのよ」(p.66)

全米批評家協会賞(自伝部門)受賞作。

これはなかなか凄まじい話で、読んでいてこの不公平な世界を呪いたくなった。最初はわりと普通の自伝というか、幸せそうな移民の物語が語られるのだけど、終盤になってハイチの治安が悪化してからは、現地に住む伯父がとんでもなく理不尽な目に遭わされている。彼の受ける仕打ちはまったくもって悲惨で、普段物語に感情移入しない僕でもつい憤激にかられたのだった。本作は大国の都合に翻弄される庶民の物語であり、アメリカのハイチに対する横暴、さらには移民に対する横暴を暴露した告発の書でもある。もちろん本作の底流には家族愛があって、それが救いになっている部分もあるのだけど、それ以上に世界の理不尽さのほうが勝っていて、この状況はちょっとしんどいなと感じたのだった。

伯父さんと同じように、レオーンは、権力者らがその強力な力を振るうのを見ながら生きてきた。それは、彼女が生まれたとき既にハイチを占領していたアメリカ海軍であり、アメリカ軍の撤退後は、彼らが訓練していった残忍なハイチ軍だった。このハイチ軍にアメリカは、自らが作った傀儡政権を支えさせ、次には転覆させたのだった。そして、政権が次々に倒れると、最後にいわゆる平和維持軍という国連の兵士たちが介入してきて、罪のない人びとの命を犠牲にしてまで、秩序の回復を企てた。(p.175)

ソ連崩壊後のアメリカは世界の警察を気取って、ユーゴスラビアイラクといった外国に武力で介入してきた。また、それ以前にも冷戦期から中南米に傀儡政権を作って、自分たちの都合のいいように政治をコントロールしている。その中にはハイチも含まれていて、そこに住む庶民に苦しみを与えていた。僕はあまりハイチの政治については詳しくないのだけど、政権が代わって内戦状態になり、伯父が誤解から地元のギャングに目をつけられる様子は本当に可哀想だった。伯父はこちら側の人間なのに、あちら側と目されて地元民から敵視されてしまう。平和だった日常が脅かされ、命の危機に晒されてしまう。さらに、その後伯父は何とかしてアメリカに逃れるものの、アメリカの移民当局はハイチからの難民に対して必要以上に厳しく、伯父は高齢にもかかわらず収監されてしまう。キューバ人やホンジュラス人、ニカラグア人などは手厚い保護を受けているのに、ハイチ人だけはなぜか歴史的に酷い仕打ちを受けている*1。この理不尽さはいったい何なのだろう? 死神は金持ちにも貧乏人にも平等に死を与えているのに、神は人を金持ちの家に生まれさせたり貧乏人の家に生まれさせたりして、最初から格差を与えている。この世は不公平であることを思い知らされたのだった。

最後は伯父も父も病気で死んでしまうのだけど、エドウィージは妊娠して新たな命を育もうとしている。この生と死が交差する部分、命は続いていくのだという部分に希望を見出したいと思った。じゃないと救いがなさすぎるから。我々は次の世代のために、今よりも少しはマシな世界を作っていくべきだろう。

*1:228頁を参照。