海外文学読書録

書評と感想

ジャック・ロンドン『赤死病』(1907,1910)

★★★★

日本オリジナル編集の中短編集。「赤死病」、「比類なき侵略」、「人間の漂流」の3編。

『疫病の前はお前の時代だった』と、やつは言った。『が、今は俺の時代で、べらぼうにいい時代ってえもんだ。俺は、何をもらったって、昔にあともどりなんかしやしねえぜ』(p.99)

3編とも疫病が絡んでいて、昨今のコロナ禍を意識した編集になっている。特に表題作はパンデミックの様子がリアルだった。

以下、各短編について。

「赤死病」。2073年のサンフランシスコ。60年前に赤死病が流行して人類はほぼ壊滅状態になった。生き残りの老人が、当時の様子を孫たちに語り聞かせる。日本で新型コロナが流行りだしたとき、Twitterインセルの人が、「希望はコロナ」*1と言って階層の逆転現象が起きることを期待していたけれど、本作ではそれが見事に描かれていて思わず笑ってしまった。そういうのはもう100年前に予見されていたのだ。お抱え運転手が腕力にものを言わせ、かつての支配階級を奴隷にして使役する。ポストアポカリプスの世界における正しい姿だと思う。

「比類なき侵略」。1976年。世界と中国の紛争は頂点に達していた。中国は膨大な人口を有して世界の脅威になっている。それに対して世界は……。発想の源泉はおそらく黄禍論で、中国人の繁殖力に目をつけたところはさすがだった。実際、国家にとって人口は大きな武器なので。日本なんかは少子高齢化による人口減少で苦労している。そして本作に描かれた日中関係は、ODAによって日本が中国を肥え太らさせた結果、国力が逆転してしまうことを予見している。こういう図式、やはり分かる人には分かってしまうのだろう。また、国家間で戦争するにあたって生物兵器を用いるところは慧眼だった。

「人間の漂流」。フィクションなのかノンフィクションなのかよく分からなかった。黄禍論に直接的な言及があるあたり、当時はそういう時代だったのだと思う。おまけに、社会主義のことも過大評価していた。食料獲得の効率化による人口増加を憂えるところは、現代のインテリとあまり変わらない。そして、疫病がある程度の歯止めになると期待している。この短編、100年前の人の考え方が分かってなかなか面白かった。

*1:赤木智弘が主張した「希望は、戦争」のもじり。