海外文学読書録

書評と感想

ドゥニ・ヴィルヌーヴ『ボーダーライン』(2015/米)

★★★

FBI捜査官のケイト・メイサー(エミリー・ブラント)が、上司の推薦を経て国防総省の麻薬捜査チームに志願する。彼女は顧問のマット(ジョシュ・ブローリン)、謎の男アレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)とチームを組み、メキシコの街フアレスで任務に当たる。法の遵守を重んじるケイトだったが、アレハンドロたちは平然とそれを破る。

メキシコ麻薬戦争を題材にした映画。

アメリカは21世紀に入ってから中東でドンパチやってるイメージだったけれど、実は隣りにメキシコという大きな爆弾を抱えており、そこでは麻薬を巡って仁義なき戦いをしていたようだ。周知の通り、アメリカとメキシコは陸続きだから麻薬も不法移民もじゃんじゃん入ってくる。これを見ると、ドナルド・トランプが国境沿いに壁を作ろうとしているのもまあ納得できるようになった。メキシコ政府は麻薬組織に対して有効な手を打てていない。警官は買収され、当たり前のように麻薬組織のために働いている。アメリカは自国の治安を守るべく、メキシコに不法介入するのだった。

ケイトが法の手続きを重視する立場なのに対し、アレハンドロはそんなのお構いなしに武力行使をする。アレハンドロにとってこれは戦争であり、麻薬組織に対する私的な復讐心が原動力になっていた。敵への憎悪が武力行使の根底にあるところは、「テロとの戦い」と同じ構図である。目的のためなら手段を選ばないところは、現代の戦争を体現していると言えよう。結局、人を駆り立てるもっとも強い感情は憎悪であり、それは個人も国家も同じなのだ。そして、悪と対峙するにはこちらも悪に徹しなければならない。終盤でアレハンドロが無実の人間を巻き込むところは迫力があって、この世は綺麗事では済まないという事実を突きつけてくる。

社会派サスペンスゆえか、アクションは思ったよりも地味で、人殺しの快楽を味わいたい僕にとっては物足りなかった。現実の僕はもちろん他人に暴力を振るうことはないけれど、映画やドラマで凄惨な暴力を見るのは好きで、この手の映画にはどうしてもそれを求めてしまう。本作でもっとも刺激的だったのが、無実の人間を射殺したシーンなのだから、我ながら歪んだ欲求を持っていると思う。

映像面で特筆すべきはメキシコの住宅地を空撮したシーンで、家々がきちんと区画整理されていたのが印象的だった。その周囲が荒野で何もないところがまた異国情緒を感じさせる。実写作品の醍醐味って、見慣れない風景を見ることにあるのだと実感した。こればかりは文学では表現できない。