海外文学読書録

書評と感想

P・G・ウッドハウス『ジーヴスとねこさらい』(1974)

★★★

有閑青年のバーティーが、療養のためにジーヴスを連れてメイドン・エッグスフォードという田舎に赴く。現地ではブリスコー大佐とクック氏が対立しており、バーティーはクック氏に猫さらいだと勘違いされる。クック氏はバーティーがかつて恋をしたヴァネッサの父親だった。ヴァネッサの恋人オルロは、バーティーがヴァネッサを奪おうとしていると勘繰っていて……。

「ハロー、齢重ねたご親戚」僕はできる限り礼儀正しく始めてみた。

「あんたにもハローね、西洋文明の汚点ちゃん」かつてウサギ追っかけをサボった猟犬を叱りつける際に用いた轟き渡る大声にて、彼女は応えた。「あんた何考えてるの? あんたに考えられるとしてだけど。早いとこ話してちょうだい。あたし荷造りの真っ最中なんだから」(p.28)

ウッドハウス・コレクション第14弾。シリーズ最終作。

このシリーズは毎回バーティーの危機を使用人(紳士お側つき紳士)のジーヴスが救うという筋で、最終作の本作もそのテンプレに則った話だった。バーティーが女性との結婚を避けようと足掻くのはいつも通りだし、猫をめぐるいざこざで窮地に陥るのも他のシリーズに似たような話があった。すなわち、後者はシリーズ最高傑作と名高い『ウースター家の掟』【Amazon】であり、こちらは銀のウシ型クリーマーをめぐってバーティーが奔走している。晩年のジーヴスものは、プロットに全盛期のような複雑さはないものの、ユーモアのキレは相変わらずで、読んでいてつい楽しい気分になってしまう。漫画みたいにキャラ立ちした登場人物に、彼らが繰り出す機知に富んだレトリック。イギリス流の洗練されたユーモアを味わいたい人にお勧めだろう。

実を言うと僕は若い頃、読んだ小説に出てきた比喩表現をノートに抜き書きしていた。そうすることで表現の幅を広げようとしていたのだ。日本の小説だと村上春樹、海外の小説だとハードボイルドが主な教材だった。おかげさまで今では適切なときに適切な比喩がポンポン思い浮かぶようになったけれど、これから同じことをやろうという人には、このジーヴスものをお手本にすべきだと言いたい。というのも、このシリーズは比喩をはじめとしたレトリックが抜群に冴えているのである。ユーモアには知性が必要であり、知性は他の能力と同様、鍛えないと伸びることがない。面白い文章を書きたい、読ませる文章を書きたいという人は是非参考にしてほしい。

それにしても、本作はラストで事件を振り返るバーティーが妙に格好良かった。バーティーはその日暮らしのお気楽青年だけど、何だかんだ言って女性を尊重していて、彼は紳士の鑑なのである。ジーヴスも主人のそんな気高さに惚れているのではないかと思料するところだ。バーティージーヴス、この主従が最高のコンビであることに異論はないだろう。また忘れた頃にシリーズをいちから再読しようかと思う。

なお、日本の皇后美智子もこのシリーズの愛読者らしい。今年の10月、84歳の誕生日を迎えたとき、退位後に読む本として「ジーヴスも2、3冊待機しています」と述べたとか。面白さは皇室のお墨付き、と言えるかもしれない。