海外文学読書録

書評と感想

デヴィッド・リンチ『マルホランド・ドライブ』(2001/米=仏)

★★★

マルホランド通りで自動車事故が発生。後部座席に乗っていた女(ローラ・ハリング)が車から這い出してハリウッドを彷徨う。一方、女優を夢見るベティ(ナオミ・ワッツ)は、叔母が留守の間彼女のアパートに滞在する予定だった。ベティがアパートに入ると前述の女がおり、女はリタと名乗る。リタは記憶喪失だった。

『ロスト・ハイウェイ』が円環構造で終わる閉じた映画なのに対し、本作は現実と幻想が曖昧なまま終わる開かれた映画だった。どうやら謎解きのためのヒントが監督から提示されているようだけど、正直、謎を解きたいとは思わない。テイストとしては『ツイン・ピークス』に近く、印象としてはドラマシリーズを縮めたような感じである。リンチの本領は群像劇にあるので、映画の尺だとどうしても不満が残る。

ナオミ・ワッツローラ・ハリング一人二役を演じている。どちらの役が現実でどちらの役が幻想なのかは分からない。むしろ、両者は微妙にクロスしている。実写映画は人間が人間を演じているから、幻想的な要素を入れる場合、一人二役は有効的な手段なのだろう。そうすることでベティとリタの関係が、別の位相であるダイアンとカミーラの関係に転写されることになる。あり得たかもしれない人生を同一次元上に複製しているわけだ。その結節点になっているのがマルホランド通りであり、この場所が不確かな世界におけるメルクマールのような役割を担っている。

面白かったのは殺し屋がミスを重ねるシーン。ターゲットを射殺して自殺に偽装しようとしたら、誤って壁を撃ち抜いて向こう側のご婦人に弾を食らわせてしまった。仕方なくそのご婦人も始末することになるのだけど、今度は色々あって掃除機を撃ち抜き、その結果、建物中に警報を鳴らしてしまう。殺し屋の間抜けぶりがとても愉快で、こういうポップなユーモアは実にアメリカ的だと思う。

映画監督のアダム(ジャスティン・セロー)も喜劇的なエピソードに関わっていて、彼が帰宅した際、妻が男とベッドインしていたのには面食らう。しかも、その時の妻の態度があまりにふてぶてしくて、見ているほうとしても苦笑せざるを得なかった。その後、アダムが妻の宝石箱を持ち出し、ピンク色のペンキに漬け込んでしまうのだから最高である。そこからまた修羅場が続くのだけど、このシーンもアメリカ的なユーモアが横溢していて面白かった。

本作は2時間半と長尺であるものの、その間まったく退屈させないのはこういった面白エピソードのおかげで、やはりデヴィッド・リンチは群像劇の人なのだと思う。