海外文学読書録

書評と感想

デヴィッド・フランケル『プラダを着た悪魔』(2006/米)

★★★

名門大学を卒業したアンドレア(アン・ハサウェイ)はジャーナリスト志望だったが、ファッション雑誌『ランウェイ』の編集部に就職することになる。編集長・ミランダ(メリル・ストリープ)の第二アシスタントとして採用された。ミランダはファッション業界で多大な影響力を持つ名物編集者で、アシスタントをこき使っては何人も辞めさせている。そんななかファッション知識ゼロのアンドレアが奮闘する。

原作はローレン・ワイズバーガーの同名小説【Amazon】。

階級上昇を目指したサクセスストーリーかと思いきや、終盤で別のところに着地したところが意外だった。当時は新自由主義の全盛期だったのに、それに抗うように捻ったのはなかなかすごい。アンドレアは同僚を出し抜くことに後ろめたさを感じているし、ミランダのような峻烈な生き方ができないことも悟っている。そういった学びを得るのがストーリー上の転回点で、アンドレアは家族や友人に背を向けたことを恥じて「先へ進む」のである。彼女が本来はジャーナリスト志望だったという設定が効いていて、身の丈に合った世界に、身の丈に合った仲間とともに歩んでいく。門外漢がファッション業界を覗き見たという体になっているのは、そのまま観客の立場と同じわけで、ハリウッドらしくユーザーフレンドリーな脚本になっていた。

アンドレアは当初、田舎の大学生が着るような野暮ったい服装をしていた。ところが、周囲と同じようなお洒落をすることで生まれ変わる。彼女は素材としては一級品で(一流のハリウッド女優が演じているのだから当然である)、ブランド品を身に着けたら見間違えるほど垢抜けた。つまり、みにくいアヒルの子だったのだ。ファッションが女性をエンパワーメントする。そのことを一目で分からせたところが本作の妙味だろう。また、アンドレアは名門大学出身だけあって頭がいい。ミランダが押し付けてくる雑用は無理難題ばかりだが、言われたことをただやるだけではなく、相手の要求を先回りして済ませているのである。ひとことで言えば、才色兼備なのだ。見た目も良ければ気配りも上手。こういった優秀な女性はワーキングウーマンにとっての理想像だろう。『薬屋のひとりごと』の猫猫がおたく女子の理想像だったように、本作も女性の理想像を提示して観客が彼女と一体になれるよう仕向けている。そういった感情移入の手腕もハリウッドらしかった。

ミランダは公私混同をしていて、プライベートの用事でもアンドレアをこき使っている。双子の娘のためにハリー・ポッターの発売前原稿を持ってこさせるなんて無茶振りにも程があるだろう。上司としてはやや暴君のきらいがあるが、しかし日本のブラック企業に慣れているとまだまだ甘いように見える。威圧感はあるものの殴ったり怒鳴ったりしないし、そもそもパワハラもセクハラもしない。公私混同をしているとはいえ、いなば食品の女帝と比べたらだいぶマシだ。また、ミランダはパブリックな場だと鉄の女だが、プライベートでは上手くいかないことがあり、その弱さをアンドレアにだけ見せる。そういったギャップを作って人情味のあるオチに繋げるところもハリウッドらしい。ずっと鉄面皮だっただけに最後の笑顔がまぶしかった。