海外文学読書録

書評と感想

エリア・カザン『紳士協定』(1947/米)

紳士協定(字幕版)

紳士協定(字幕版)

  • グレゴリーペック
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★★★

人気ライターのフィリップ(グレゴリー・ペック)が、カリフォルニアからニューヨークに引っ越してくる。彼は妻に先立たれており、母親(アン・リヴィア)と息子(ディーン・ストックウェル)の3人で暮らしていた。フィリップは編集長(アルバート・デッカー)から反ユダヤ主義についての記事を依頼される。それは編集長の姪キャシー(ドロシー・マクガイア)の発案だった。フィリップは記事を書くためにユダヤ人に成りすますも、途端に差別的な言動に遭遇する。同時にキャシーと恋愛関係になったが、こちらも一筋縄ではいかない。

人の心の奥底を知るために自分が当事者になる。この手法は70年代に流行ったゴンゾージャーナリズムってやつだけど、それをこんな早い時期からやっていたことに驚いた。しかも、発端が泣かせる。なぜユダヤ人が差別されているのか。そのことを息子に上手く説明できなかったことが動機になっている。アメリカの反ユダヤ主義は日本だと同和問題に通じるものがあり、どちらも差別することの合理的な理由がない。反ユダヤ主義の根底にあるのは、かつてユダヤ人がキリスト教徒に禁じられた金貸し業を営んでいたことにあり*1、また、同和問題の根底にあるのは、かつて穢多非人が屠畜などの賤業に従事していたことにある。つまり、どちらも「穢れ」が中核にあるのだ。本作はそういった歴史的経緯に触れてないため、現代の日本人からすればやや不親切に見える。けれども、おそらく当時のアメリカ人の中では常識だったはずなので、これは仕方がないのだろう。さすがにドキュメンタリーみたいにはいかない。ある程度の予備知識を必要とする。

ヤッピーがユダヤ人に成りすますという設定は、いつか元に戻れるという出口があるからこそ成り立つ。どんなにきつい差別を受けても、それは仮初のものに過ぎない。本物のユダヤ人は、これからも変わらず差別され続けるだろう。フィリップには新聞記事という成果物があるとはいえ、基本的にやってることは『不思議の国のアリス』【Amazon】である。ほんの数週間ユダヤ人体験をしただけであり、それは夢のような一時の冒険だ。仮に新聞記事が売れても人々の意識は変わらないだろう。個人的にはそういった絶望の先が見たかったので、本作については物足りなさをおぼえた。

差別問題を扱ってもなお、男女のドラマを軸にするところは昔のハリウッド映画らしい。健全なヒーローがいて、それに見合う美しいヒロインがいる。また、フィリップの母親が原稿を読む終盤は、演説を物語のハイライトにする後年のテンプレに通じるものがあって興味深い。ハリウッド映画にはハリウッド映画の文法があり、みんなその範囲内で映画を作っている。クリエイターも時代の制約からは逃れられない。

*1:そもそもイエス・キリストを十字架にかけたのがユダヤ人というのもあるだろう。