海外文学読書録

書評と感想

フィリップ・ド・ブロカ『まぼろしの市街戦』(1966/仏=伊)

★★★★

第一次世界大戦。フランスの小さな町からドイツ軍が撤退することになった。その際、町に爆弾を仕掛けてイギリス軍を壊滅させようとする。イギリス軍はプランピック二等兵アラン・ベイツ)に爆弾の解除をさせるべく単身町に送り込む。プランピックは伝書バトの専門家であり、爆弾は門外漢だった。ドイツ軍が撤退した後、精神病院から患者が溢れ出す。患者はめいめい派手な格好をして町を闊歩する。

空っぽの町を狂人たちが占有する様子は戦争への皮肉を感じさせる。灰色の町並みを派手な衣装を着た人たちが出歩く。劇中である人物が「世界は劇場である」と言っていた。この閉じた町は一時的に劇場になっているのだ。くすんだ背景と原色の住人。それだけで絵になっている。

戦争というのは狂気の世界である。狂気の世界においては正気の人たちの出る幕はない。元の住人たちは町から逃げてしまった。代わりに住人になったのが狂人たちで、狂気の世界だからこそ彼ら狂人が主役になれる。あべこべの世界では人の立場もあべこべになるのだ。狂人たちはまるで戦争などなかったかのように振る舞う。プランピックを王に頂き、偽りの平和を満喫する。戦争によって生じた空白にユートピアが出現したのだ。狂人たちは町という限定された場所だからこそのびのびと生きていける。それが証拠に彼らは町の外に出ようとしない。王であるプランピックが誘導しても頑なに拒否している。外に出るとユートピアが雲散霧消してしまうことを直感的に悟ったのだろう。自分たちが自由でいられる領域、そのサイズには限りがある。小さな町をひとつの劇場にしたところが良かった。

小さな町は仮想の町であり、仮装の町でもある。しかし、それはイギリス軍とドイツ軍が対峙する奇跡的な戦況の産物だ。だから戦況が傾いて平和が訪れると、狂人たちが謳歌した偽りの平和も幕を閉じてしまう。町はイギリス軍によって解放され、元の住人たちが帰ってくる――それを後目に狂人たちは正気に戻って精神病院に戻ることになる。狂気と正気があべこべになり、またひっくり返る。狂人たちの町は一時的な夢に過ぎなかった。それがどうにも儚く感じてしまう。

イギリス軍とドイツ軍が町の広場で撃ち合いをして全滅する。あまりにバカバカしい顛末だけど、そのバカバカしさこそが戦争なのだ。町に入った軍隊は狂人たちと同じ位相に降り立っている。もともと両軍は戯画化されていたから、彼らも劇場の住人であることは明白で、だからこそ狂気の主体として華々しく散る。狂人による狂気の世界と軍隊による狂気の世界。その交差が本作を魅力的なものにしている。