海外文学読書録

書評と感想

ジョン・グリシャム『「グレート・ギャツビー」を追え』(2017)

★★★

プリンストン大学の図書館からフィッツジェラルドの直筆原稿が盗まれた。FBIは強盗団のうち2人を逮捕するも、原稿の行方が分からない。保険会社はカミーノ・アイランドで書店を経営するブルース・ケーブルが怪しいと睨み、新進作家のマーサー・マンに調査を依頼する。

「金銭的に行き詰まっているときに本を書くのはむずかしいことだよ、マーサー。僕はそれを知っている。僕はたくさんの作家を知っているが、フルタイムの作家でいられるほど売れる作家はきわめて少数だ」

「だから彼らは教える。どこかの大学に職を見つけて、定まった給料をもらう。私はそれを二度やってきたし、たぶんこれからもやることになるでしょうね。教えるか、あるいは不動産でも売るか」(p.265)

まさかジョン・グリシャムリーガル・サスペンス以外の小説を書いていたとは思わなかった。ミステリとしては事態の推移があっさりしていて物足りないものの、作家と書店主がメインキャラクターなので出版業界の内幕ネタが楽しめる。作家は作家で創作や売り上げに悩み、書店主は書店主で稀覯本や直筆原稿の売買をしている。この辺のマニアックなディテールは、ローレンス・ブロックの泥棒バーニイ・シリーズに通じる面白さがある。

僕はもう実店舗で本を買うことはなくなったから、ブルースの独立系書店が大儲けしていると言われても異世界の出来事にしか思えない*1紀伊國屋書店三省堂書店レベルの規模ならまだしも、おおまかな印象では町の本屋さんレベルである。ブルースはどうやら集客が上手いらしく、作家の新刊が出たら自分の店でサイン会を開いて売りまくっているようだ。アメリカの作家は新刊を出すと全米各地の書店をツアーして回るらしい。日本だとせいぜい都心部でしかサイン会を開かないので、こういう文化は尊いと思った。

作家の集まりで赤裸々に内幕ネタが語られていて興味深かった。大衆向けの作家たちが批評家の称賛を熱く求め、文芸ものの作家たちがより多くの印税を切望している。この現象って日本もアメリカも変わらないのだなと思った。僕の知っている例だと、ある大衆向けの作家は文芸ものに対するコンプレックスが強すぎるあまり、Twitterで出版業界や日本社会に対して呪詛を撒き散らしている。どうやら文芸ものの作家として国際的な評価を得たいらしい。自分は世界文学の作家なのだという自負があるようだ。率直に言って、彼女の作品が欧米で評価されるとは思えないのだけど、そこはそれ、批評家の称賛も多くの印税も望めない泡沫作家ゆえに認知が狂っている。引かれ者の小唄なのだった。

しかしまあ、文芸作品を書いてそれが批評家たちを唸らせ、同時に印税をたっぷり手にできるような作家って、世界中を探しても村上春樹くらいしかいないだろう。そんな彼が本作を訳しているのはなかなか皮肉で、これは面白い巡り合わせだと思う。

作家のマーサーがスパイみたいなことをするのが表のプロット。そして、強盗団の生き残りがブルースを狙うのが裏のプロットである。ブルースはFBIと強盗団の双方から追い詰められようとしているのだった。本作はその危機を解消する手並みが鮮やかである。ただ最初に述べた通り、事態の推移があっさりしているところが玉に瑕だ。

*1:最近はもっぱらAmazon電子書籍を買っている。