★★★
日本統治下の台湾。日本軍は真珠湾を奇襲して太平洋戦争に突入した。関牛窩に住む怪力の少年・帕(劉興帕)は、日本陸軍の鬼中佐・鹿野武雄に見初められてその養子になり、鹿野千抜と名乗るようになる。一方、帕の祖父・劉金福は、日本の支配に断固として抵抗していた。やがて戦争は終結、台湾は国民政府の統治下に入るが……。
帕は地面にひざまずいて、心の中で自分は日本鬼子ではない、自分は日本鬼子ではないと繰り返したが、しかし日本鬼子以外に、自分が何者になれるのか思いつかなかった。日本の天皇は自身の赤子をさっさと見捨て、国民政府もまた急いで旧帝の遺児を門外に締め出し、彼らには荒野以外に、何一つなかった。(下 p.251)
太平洋戦争からニ・ニ八事件までをマジックリアリズムの手法を用いながら描いていて読み応えがあった。ストーリーは要所要所まで劇的には動かず、主に戒厳下の奇妙な日常を積み重ねていくような感じになっている。これがまたえらい土俗的で迫力があって、鬼(死んだ人間)が闊歩したり、あるいはそれに匹敵する超現実的な逸話がいくつも語られたり、まさに物語の宝庫といった風情だった。また、取材も相当しているように見受けられる。征露丸・味の素・突撃一番といった戦時中の定番アイテムが出てきたときには「おおっ」と思った。
超現実的なエピソードでもっとも印象的だったのは、娘が父の腰を両足で挟み込んで離れなくなる「人間の鎖」である。なぜこうなったかというと、父が戦争に行こうとするのを娘が止めるために必死で組みついたから。しかも、周囲が引き離さそうとしてもまったく離れず、それどころか人体の組織が一体化してシャム双生児みたいになってしまう。結局は娘の目論見通り、父は戦場に行かず、2人はしばらく地元(関牛窩)の名物になったけれど、しかしその最後は悲しいものだった……。鬼中佐や劉金福といった主要人物に負けず劣らずの、強いインパクトを残す末路だと思う。
もうひとつ、この小説の悲しいところは、帕みたいな超人的な膂力を持った怪人でも、運命には抗えないところだ。片目は潰れるわ、片腕は切断されるわで、肉体的にも不具になってしまうし。本作には汽車が異様な存在感で何度も現れるけれど、ちょうど汽車が線路という決まった場所しか走れないように、帕も、ひいては台湾の民衆も、歴史の大きな流れには逆らえない。個人的には、日本統治時代と光復後で「国語」の意味が変わるところが象徴的に思えた。日本統治時代は日本語が国語だったのに対し、国民政府が統治するようになってからは中国語が国語になる。どちらの時代も、国語を使わないと官憲に締め上げられるところが共通している。この理不尽さが、平和ボケした僕の心に重くのしかかってきたのだった。