海外文学読書録

書評と感想

ジェイムズ・エルロイ『アンダーワールドUSA』(2009)

★★★

1968年。(1) 元刑事のウェイン・ジュニアは、中米にカジノを建設しようというマフィアの意向を受け、共和党大統領候補のリチャード・ニクソンに裏金を渡しに行く。(2) FBI捜査官のドワイト・ホリーは、フーヴァー長官の命令を受け、黒人運動の団体に工作を仕掛ける。(3) 新米探偵のクラッチは、女のバラバラ死体の発見を機に、ウェイン・ジュニアやドワイト・ホリーと関わることになる。

ラスヴェガスは黒ん坊という細菌の繁殖地だ。黒ん坊の白血球値は異常に高い。やつらと握手するな。やつらは指先から汚い膿を出している」(上 p.93)

アメリカン・タブロイド』(1995)【Amazon】、『アメリカン・デス・トリップ』(2001)【Amazon】に続くシリーズ完結編。

前作からおよそ15年ぶりに読んだ。なぜこんなに間が空いたのかというと、今年になってその存在に気づいたからである。原書は前作から8年、翻訳書は前作から10年経っての出版なので、もうすっかり忘れていた。

このシリーズは1958年から1972年までのアメリカの現代史を、マフィアや悪徳警官といった地下世界の視点から切り取ったもので、『アメリカン・タブロイド』ではジョン・F・ケネディの暗殺が、『アメリカン・デス・トリップ』ではマーティン・ルーサー・キングロバート・ケネディの暗殺が、それぞれ独自の史観で再構成されている。いずれも「悪い白人」が権力の命令で暗躍していて、その複雑な人間関係と綿密な計画にはリアリティがあった。

完結編の本作はどうかというと、前述した派手な歴史的事件がないぶん、ちょっとこじんまりとした印象を受けた。耄碌したエドガー・フーヴァーや、妄執に取り憑かれたハワード・ヒューズはいいキャラしていたのだが……。

相変わらずプロットは複雑で、どの人物が何を知っていて誰と関わっているのかを把握するのが困難である。しかし、それらが段々と整理されて一本に収斂されていくところは圧巻だ。FBIの捜査官や警察官がマフィアより悪どいところが本作の特徴で、自分の利益のために時には他人を拷問し、時には殺人を犯しては隠蔽工作している。今回は左翼や黒人が標的にされていて、現代からは想像もつかないような腐敗した雰囲気が病みつきになる。白人も黒人も、そして右翼も左翼も、みんなそれぞれの立場で犯罪なり非合法活動なりをしている。アメリカの現代史と最新の犯罪小説が幸福な結婚を果たしたという感じだった。

登場人物の「転向」には面食らった。一応、罪悪感がその源にあることは分かるのだが、それにしてはいまいち説得力がない。本作はあまり心理を深く掘り下げるような作風ではないので、この唐突な「転向」にはどうしても首を傾げてしまう。とはいえ、本作が発売された2009年に、オバマ政権が誕生したのには何か運命的なものを感じる。時代の節目が重なったというか。そしてこの時代、すなわちエドガー・フーヴァーが死んだ1972年までが、アメリカを神話として捉えることができるギリギリの年代なのだろう。本作でアメリカの神話に幕が閉じられたのだった。