海外文学読書録

書評と感想

ケン・リュウ編『折りたたみ北京』(2016)

★★★

アンソロジー。陳楸帆「鼠年」、陳楸帆「麗江の魚」、陳楸帆「沙嘴の花」、夏笳「百鬼夜行街」、夏笳「童童の夏」、夏笳「龍馬夜行」、馬伯庸「沈黙都市」、郝景芳「見えない惑星」、郝景芳「折りたたみ北京」、糖匪「コールガール」、程婧波「蛍火の墓」、劉慈欣「円」、劉慈欣「神様の介護係」、劉慈欣「ありとあらゆる可能性の中で最悪の宇宙と最良の地球:三体と中国SF」、陳楸帆「引き裂かれた世代:移行期の文化における中国SF」、夏笳「中国SFを中国たらしめているものは何か?」の16編。

「娼婦に自分の男がいちゃいけない? 彼はうしろからやるのが好きなの。だからそこにフィルムを貼って、客に教えてるのよ。いくら金を積んでも買えないものがあるってことを」(p.76)

現代中国SFをケン・リュウが英語に翻訳して、世界に紹介したというのが本書。

以下、各短編について。

陳楸帆「鼠年」。西側同盟との貿易戦争が起きている21世紀。遺伝子改造によって作られた鼠(ネオラット)が大量に野に放たれた。それを「僕」たちが小隊に入って駆除する。狩る者と狩られる者の立場が曖昧になって、自分たちがゲームの駒に過ぎないと悟るの虚しいよな。個人ではどうにもならないし。あと、我々は鼠やGといった不衛生な生き物を毛嫌いし、本能的にそれを駆除しようとするけれど、中にそういう生き物に共感する場合もあって、そんな思考実験が面白かった。

陳楸帆「麗江の魚」。精神の病気に罹った「僕」が、リハビリのため10年ぶりに麗江を再訪する。そこで同じくリハビリをしている看護師の女性と出会う。意外な真相が隠れていて面白かった。陰と陽という考え方は中国ならではのものだろうか。そして、我々は生き方を自由に選んでいるようで実はそうではない。水路の魚と同じなのだ。

陳楸帆「沙嘴の花」。沙嘴村に滞在している「僕」が、娼婦の雪蓮と知り合う。「僕」には表沙汰にできない過去があった。やがて雪蓮に困った事態が起きたため、「僕」が力を貸す。この著者はなかなかエモい小説を書くなあと思った。テクノロジーを掻い潜って示される人間というものの業。ラストがすごい。

夏笳「百鬼夜行街」。百鬼夜行街で唯一の生者である「ぼく」は、大人になったらここを出ていかなければならない。ところが……。当初は『ゲゲゲの鬼太郎』【Amazon】を思い浮かべながら読んでいたけど、それが途中から『攻殻機動隊』【Amazon】になった。機械の体にゴースト(魂)は宿るのか? みたいな。

夏笳「童童の夏」。童童の住んでいる家に祖父が引っ越してくる。祖父は怪我で介護を必要としていた。数日後、父が阿福というロボットを持ってくる。このおじいちゃんがなかなか偏屈だったけれど、しかし最後まで読んだら心温まる話でとても良かった。こういうの大好き。ロボットを使って要介護者同士で介護し合うというのは盲点だった。日本も中国も介護事情は変わらないね。

夏笳「龍馬夜行」。人がいなくなって廃墟になった世界。鉄の体でできた龍馬が、旅の途中で蝙蝠と出会う。中国みたいに豊穣な神話があると、SFもこういう幽玄な物語になるのかと感慨深くなった。機械に魂が宿るという考え方は、『ドラえもん』【Amazon】の専売特許じゃないんだな。

馬伯庸「沈黙都市」。2046年。世界は一つの国だけが存在していた。そこは言語を規制した監視社会であり、ウェブもリアルも著しい制限を受けている。そんななか、プログラマーのアーバーダンが、会話クラブという非合法な秘密クラブと出会う。これはディストピアSFの傑作では。『一九八四年』【Amazon】を踏まえつつ、特に言語に焦点を当てているところが素晴らしい。要注意語を規制するシステムから健全語だけを許可するシステムに転換するあたりはぞっとする。こういうのを読むと、我々の社会もいつかこうなるのでは? と想像してしまう。ああ、恐ろしい。

郝景芳「見えない惑星」。「僕」が「きみ」に今まで見てきた惑星の話をする。これは『見えない都市』【Amazon】を惑星に置き換えたオマージュだろうか。こういう架空の生態系をぽんぽん思いつくのってすげーわ。想像力の極みである。

郝景芳「折りたたみ北京」。24時間ごとに世界が回転して交替する都市・北京。そこは貧富の差によって居住スペースが3つに分かれていた。第三スペースに住む老刀(ラオ・ダオ)が、依頼人から預かったブツを届けるべく非合法に第一スペースに潜入する。本作を読んで真っ先に思い出したのが、中国で格差を生んでいる農村戸籍都市戸籍。現実でも空想でも、経済的な恩恵を受けられるのは人口のごく一部なのだ。それがこの世界の残酷な側面である。

糖匪「コールガール」。15歳の少女が金持ちの中年男に車の中で……。タイトルで想像されるような出来事を上手くずらしているところが面白かった。SFの世界ならこういうサービスもあるよな。むかし河出書房新社奇想コレクションというシリーズを出版していたけれど、本作はそれに収録されてそうな感じ。

程婧波「蛍火の墓」。ロザマンドと母が〈無重力都市〉へ。母は魔術師に会いに城のなかに入る。母をめぐる恋物語はなかなかせつないものがあるな。本作は童話っぽいシチュエーションとSF要素がいい感じに溶け合っている。

劉慈欣「円」。燕の太子丹から秦王政のもとに刺客として送り込まれた荊軻は、任務を放棄して政に仕える。2年後、不老不死の秘密を得るべく円周率を求めることになるが……。これは捻りが効いていて面白かった。当時の歴史について一通りの知識があるとなお面白い。300万人の兵士を使って円周率を求める光景はさぞ壮観だろうなあ。

劉慈欣「神様の介護係」。地球に大量の宇宙船が到来、彼らは地球で人類を繁栄させた神だった。ところが、神は年老いており、50億人の地球人で20億人の神を介護することに。これは壮大な話で面白かった。ユーモアとペーソスとアイロニーが絶妙にブレンドされている。あれよあれよと様々な真相が暴露されるくだりはわくわくしたし、何よりラストのセリフが最高だった。

劉慈欣「ありとあらゆる可能性の中で最悪の宇宙と最良の地球:三体と中国SF」。中国SFが清王朝末期に誕生したという事実に驚いた。そんなに歴史があったとは。あと、改革開放路線によって西洋SFからの影響をもろに受けるようになったそうだけど、個人的には影響を受ける前の原始的な中国SFが読みたい。

陳楸帆「引き裂かれた世代:移行期の文化における中国SF」。1978年以降に生まれた中国人は「引き裂かれた世代」に属するらしい。価値観もライフスタイルも多様化しているとか。しかし、その最初の世代ってもう中年だよな。

夏笳「中国SFを中国たらしめているものは何か?」。最初期の中国SFが「中国の夢(チャイニーズ・ドリーム)」の確立を表現して、そこからしばらくは理想を語っていたという。昔の中国SF、ますます読みたくなってきたぞ。歴史的資料として。