海外文学読書録

書評と感想

陳浩基『網内人』(2017)

★★★

香港。若くして両親を亡くしたアイだったが、今度は妹のシウマンが飛び降り自殺してしまう。シウマンは痴漢の被害に遭っており、その件に絡んでネットの掲示板で誹謗中傷されていた。アイは最初に中傷の書き込みをした者を探すべく、ハッカーのアニエに調査を依頼する。

「區さん、この一件の黒幕を炙り出すためには、あんたの妹さんがまだ生きていたときのこととしっかり向き合わなきゃいけない。それがたとえあんたの知らなかったことだったとしても。その覚悟はできてるのか?」(p.94)

IT系のガジェットがてんこ盛りの現代ミステリ。スーパーハッカーの存在はともかく、ネットを使った捜査のやり口はほぼ現実に沿っていて、そこはかとなくサイバーパンク感がある。80年代にSFだったものが、現代では必須のテクノロジーになったということだろうか。犯人はネットから自分の痕跡を消し、探偵は少ない手掛かりから犯人の身元を探る。ケータイの特定、ルーターのハッキング、ドローンによる監視。現代社会で探偵をするにあたって、これくらいのスキルはもはや当たり前なのだろう。今の時代、嵐の山荘なんてやってもリアリティがない。ミステリも新時代に突入した感がある。

メールの文面から犯人をプロファイリングしていくところはスリリングで、テクノロジーは進歩してもやることは変わらないのだなと思った。それを裏付けるかのように、犯人は被害者の身近にいる人物だと推定されている。だいたい顔見知りの怨恨を疑うのが犯罪捜査のセオリーなので、そこは伝統を踏襲しているのだった。ただ、正直学校に場が移ったのは期待外れで、被害者と縁もゆかりもない第三者が炙り出されてほしかった。広大なネット空間から卑近なリアル空間へと舞台が一気に縮小している。高度なIT犯罪が、その実教室の揉め事に過ぎなかったのはいかがなものかと首を捻った。

並行するIT企業のプロットがよく出来ていて、読者の騙し方が上手かった。この手のトリックは一時期乱用され過ぎてあまり好きではないものの、副次的に使うなら問題ないと思っている。件の人物も事件と無関係というわけではないので、これはこれでありだと納得した。

探偵役のアニエはハッカーであると同時に、本業は復讐請負人だった。「悪をもって悪を制す」が彼のモットーである。しかし、ここで僕は疑問に思う。個人の独断で私刑を実行するのは、ネットで誹謗中傷していた連中と大差ないのではないか。アニエも中傷者も行為の源泉には正義感がある。でも、だからといって他人を裁く権利なんて彼らにはない。法治国家においては、どんな理不尽も法に委ねるのが常道である。「悪をもって悪を制す」と言えば格好いいけれど、やってることは個人を誹謗中傷するネット民と変わらないので、そこはちっせえなあと呆れた。

とはいえ、今や香港は中国共産党支配下にある。中国共産党は国民を抑圧する独裁機関だ。彼らの定めた法に従うべきかどうかは一考の余地がある。