海外文学読書録

書評と感想

キャシー・アッカー『ドン・キホーテ』(1986)

★★

中絶手術を目前にして発狂した女はドン・キホーテになり、犬になった聖シメオンをお供に奇妙な冒険をする。ドン・キホーテは66歳、聖シメオンは44歳。彼女は愛を求めながらも様々な社会制度に立ち向かっていくのだった。

「信心深い白人の男たちが女たちを憎むのは、彼らが女を聖母マリアのイメージに仕立てているからです」と夜士は結論した。彼女は、一人として愛してくれる男がいなかったので悲しかった。(p.238)

著者は女バロウズと呼ばれているようだけど、確かによく分からない小説だった。フェミニズムの意匠を身にまとい、カットアップというコピペ芸を駆使し、筋を追うのが困難な強烈なオブセッションを撒き散らす。正直言って、この小説をどう評価すべきか見当もつかないし、そもそもきちんと読解したような手応えもない。ただひたすら文字を追っていくのに精一杯だった。世の中にはこんな意味不明な小説があるのだなあ、と敗北感に打ちのめされている。このわけ分からない狂気は本家ドン・キホーテよりもドン・キホーテっぽいし、作中作が出てくるところもドン・キホーテっぽい。だから『ドン・キホーテ』【Amazon】と比較・対照する読み方もあるのだろうけど、個人的にはその方面でもお手上げだった。本作については全面的に降伏するしかない。

あまり人に勧めづらい小説だけど、とりあえず書き出しが良かったので、これに興味をおぼえた人は一読してみるといいかもしれない。

中絶手術を目前にしてついに発狂した彼女は、女ならだれでも考えつく最もキチガイじみたことを思いついた。愛することである。女はどのように愛することができるのだろうか? 自分以外の誰かを愛することによって、彼女は別の人を愛するだろう。別の人を愛することによって、彼女はあらゆる種類の政治的、社会的、個人的悪事を正すだろう――そういった危険極まる状況に我が身を挺する栄光ある彼女の名は、世に轟き渡るであろう。堕胎は今まさに始まろうとしていた―― (p.7)

というわけで、本作はわけ分からない小説を読みたい人にお勧め。文学の懐の深さを感じることができる……かもしれない。