海外文学読書録

書評と感想

ハビエル・セルカス『サラミスの兵士たち』(2001)

★★★★

新聞記者のハビエル・セルカスは、かつて小説家になろうとして挫折していた。その彼が、60年前にカタルーニャで起きたスペイン内戦末期の集団銃殺について調べることになる。1939年、ファランヘ党の重鎮ラファエル・サンチェス=マサスは、共和国軍による銃殺から逃れて森に潜伏、若い兵士に見つかるも見逃される。そして……。

僕はミケル・アギーレのことを思い出して言った。

「ありうることですよ。戦争に小説めいた話はごまんとあるものです」

「生きて帰ったやつにはな」ミラリェスは煙をふうっとはいてから、ぺっと何かを口からだした。たぶんタバコの葉のかけらか何かだろう。「話をできるやつだけさ、そんなことが言えるのは。戦争をしに行ったんじゃなく、語るために戦争に行ったもんのせりふだよ。あのアメリカ人の小説家は何て言ったっけ? パリに入った……」

ヘミングウェイ

「そう、ヘミングウェイ。道化野郎が!」(p.241)

読み始めはスペイン内戦という日本であまり馴染みのない題材で背景が分かりづらかった。しかし、読んでいくうちに段々と事情が飲み込めてきて、語り手のストイックな探求に心が惹かれていったのだった。話の筋はとても単純で、語り手が60年前に起きた集団銃殺事件において、ラファエル・サンチェス=マサスがいかにして助かったかを文書にすべく、人々から証言を聞くというもの。小説仕立てのノンフィクションのような形式になっていて、どこまでが本当(ファクト)でどこからが嘘(フィクション)なのか判然としない。現代の視点から昔の戦争を炙り出すという点でドキュメンタリーを彷彿とさせる。

今年の夏にNHK731部隊インパール作戦を題材にしたドキュメンタリー番組(NHKスペシャル)を放送していたけれど、あれを見て驚いたのが画面に出てくる証言者たちの年齢で、みんな90歳を超えていたことだった。本作も60年前の出来事を題材にしているので、当時を知る証言者は皆歳を食っている。あと10年もすれば戦争を語り伝える人間がいなくなってしまうことを考えると、何とも言えない寂寥感に包まれると同時に、これからはどうやって戦争と向き合うべきなのか心配になる。やはり直接物事を体験した人間がいるというのは重要で、彼らが死に絶えた後は戦争も風化してしまうのではないか。本作を読んでふとそんなことを思ったのだった。

海外文学好きとしては、作中にロベルト・ボラーニョが出てきたことに興奮した。しかも、けっこう出番が多くて、パズルの欠けたピースを補う重要な役割を担っている。ロベルト・ボラーニョといえば、日本では2009年から翻訳書が出版された作家で、本書が刊行された2008年にはほとんどその名を知られていない(アメリカでは2008年に『2666』【Amazon】が全米批評家協会賞を受賞している)。従って、リアルタイムで読んでいたらこんな興奮を味わうことは出来なかっただろう。今だったら彼がラテンアメリカを代表する作家であることが十分認識できているわけで、本を読むタイミングというのはとても大事だと思った。偶然の出会いに感謝しよう。