海外文学読書録

書評と感想

ブルース・チャトウィン『ウッツ男爵』(1988)

★★★

1967年――プラハの春の前年――、語り手の「私」が取材のために一週間プラハに滞在する。彼はそこでマイセン磁器の蒐集家カスパール・ヨアヒム・ウッツと会う。ウッツはユダヤ人だったが、ナチスによる占領や共産主義による支配など、激動の時代を抜け目なく乗り越えてきた。ウッツは西側への亡命も考えていたが……。

週に二度、神妙な顔つきでソヴィエト映画を鑑賞する。友人のオルリークが二人して西側に逃げないかともちかけたとき、ウッツは棚にぎっしりと並んだマイセン製の人形を指さした。

「これと別れるわけにはいかないね」(pp.28-9)

何かをコレクションするのって、男だったら人生のなかで一度は経験すると思う。僕も小学生の頃、おもちゃとして販売されていたカードを集めていた。周囲の友人たちも集めていて、だぶったカードを交換したり小遣いで売買したりしていた。そこには小さいながらも市場が成立していて、今思えばなかなか興味深かった。ただ、コレクションに熱中していたのはおよそ2~3年で、あるとき急激に熱が冷めて全てを手放してしまった。以降、大人になった現在まで何かを蒐集したことは一度もない。小学生だったそのときに気づいたのだ。こんな役に立たない物を集めても仕方がない、と。

そんなわけで、大人になっても蒐集家でいる人たちは、子供の心を持ったある意味で純粋な人なのだと思う。作家のウラジミール・ナボコフと政治家の鳩山邦夫は、蝶の採集をしていることで有名だった。この2人からは何となく高等的な匂いがする。一方、大昭和製紙(現・日本製紙)名誉会長・齊藤了英は、ゴッホルノアールの絵画を巨額の金で購入し、「死んだら棺桶にいれて焼いてくれ」と言って世間の顰蹙を買った。こいつからは邪悪さしか感じない。

では、本作のウッツはどうかと言ったら、高等的でありつつ邪悪さも兼ね備えていて、これぞ蒐集家という人物像だった。彼は暴力は好まないものの、騒乱は歓迎している。なぜなら、そのおかげで世に隠れていた美術品が市場に現れるから。実際、ウッツは水晶の夜にユダヤ人から、大戦末期には赤軍に追われていた貴族から、それぞれ美術品を購入している。まあ、これくらいなら抜け目ない商人といった感じで特に問題はないだろう。問題は自分の寿命が尽きようとしていたときの行動で、蒐集家でない僕には理解不能な取り返しのつかないことをしていた。世間の顰蹙を買った齊藤了英もこんな心理だったのだろうか。残念ながら僕にはよく分からない。

本作の見どころのひとつに、文学的観光名所としてのプラハが挙げられる。言うまでもなく、プラハはあのフランツ・カフカで有名な町だ。ウッツは亡命しようと西側へ下見に行くも、審美眼が高すぎてそこの文化とそりが合わない。ウッツから見たら西側の文化は俗悪極まりなかった。おまけに現地人の民度も低く、旅の途中の列車のなかで女から嫌がらせを受けている。ウッツにとってプラハはメランコリックな気持ちを包みとってくれる町であり、コレクションを国外に持ち出せないという事情も相俟って、結局は亡命を思いとどまるのだった。ミハル・アイヴァス『もうひとつの街』プラハを舞台にしていたけれど、やはりこの町には特別な何かがあると思う。「文学のなかのプラハ」というテーマで論文が一本書けるくらいに町が息づいている。僕も一度でいいからプラハを訪れたいなと思う。

夏休みに読みたいはじめての海外文学

海外文学の入り口になりそうな本を100冊選んでみた。初心者向けなので、『白鯨』【Amazon】や『ユリシーズ』【Amazon】みたいな読みにくい本は入れてない。また、僕の一番好きな『失われた時を求めて』【Amazon】も長過ぎるので入れてない(同様の理由で『紅楼夢』【Amazon】も泣く泣く外した)。今回は比較的ポピュラーかつ読みやすい古典を中心に選んだ。選別の基準は『ドン・キホーテ』【Amazon】で、これより読みにくい本は入れないようにしている。どれも海外文学好きなら、「こんなのもう読んでるよ」って感じの本ばかりだ。夏休みに是非読破しよう。

  1. アリストパネス『女の平和』【Amazon
  2. ハンス・クリスチャン・アンデルセン『絵のない絵本』【Amazon
  3. イソップ『イソップ寓話集』【Amazon
  4. ヘンリク・イプセン『人形の家』【Amazon
  5. ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』【Amazon
  6. H・G・ウェルズ『タイム・マシン』【Amazon
  7. ジュール・ヴェルヌ八十日間世界一周』【Amazon
  8. イヴリン・ウォー『大転落』【Amazon
  9. P・Gウッドハウス『ウースター家の掟』【Amazon
  10. ジョージ・オーウェル『一九八四年』【Amazon
  11. ジェイン・オースティン高慢と偏見』【Amazon
  12. ルイーザ・メイ・オルコット『若草物語』【Amazon
  13. フランツ・カフカ『変身』【Amazon
  14. トルーマン・カポーティ『遠い声遠い部屋』【Amazon
  15. アルベール・カミュ『異邦人』【Amazon
  16. ラドヤード・キプリングジャングル・ブック』【Amazon
  17. ルイス・キャロル不思議の国のアリス』【Amazon
  18. アガサ・クリスティアクロイド殺し』【Amazon
  19. ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』【Amazon
  20. ジャン・コクトー恐るべき子供たち』【Amazon
  21. ニコライ・ゴーゴリ『鼻/外套/査察官』【Amazon
  22. ウィリアム・ゴールディング蝿の王』【Amazon
  23. イワン・ゴンチャロフオブローモフ』【Amazon
  24. ジョゼフ・コンラッド『ロード・ジム』【Amazon
  25. フランソワーズ・サガン悲しみよこんにちは』【Amazon
  26. サキ『クローヴィス物語』【Amazon
  27. エヴゲーニイ・ザミャーチン『われら』【Amazon
  28. J・D・サリンジャーキャッチャー・イン・ザ・ライ』【Amazon
  29. ウィリアム・サローヤン『僕の名はアラム』【Amazon
  30. アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ星の王子さま』【Amazon
  31. ウィリアム・シェイクスピアハムレット』【Amazon
  32. ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』【Amazon
  33. メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』【Amazon
  34. ジェローム・K・ジェローム『ボートの三人男 もちろん犬も』【Amazon
  35. ヘンリク・シェンキェーヴィチクオ・ワディス』【Amazon
  36. アンドレ・ジッド『狭き門』【Amazon
  37. ジョナサン・スウィフトガリヴァー旅行記』【Amazon
  38. ジョン・スタインベック『ハツカネズミと人間』【Amazon
  39. スタンダール赤と黒』【Amazon
  40. ロバート・ルイス・スティーヴンスン『ジーキル博士とハイド氏』【Amazon
  41. セルバンテスドン・キホーテ』【Amazon
  42. ソポクレス『オイディプス王』【Amazon
  43. エミール・ゾラ『居酒屋』【Amazon
  44. アレクサンドル・ソルジェニーツィンイワン・デニーソヴィチの一日』【Amazon
  45. カレル・チャペック『ロボット』【Amazon
  46. レイモンド・チャンドラーロング・グッドバイ』【Amazon
  47. G・K・チェスタトン『木曜日だった男』【Amazon
  48. アントン・チェーホフ桜の園/プロポーズ/熊』【Amazon
  49. イワン・ツルゲーネフ『父と子』【Amazon
  50. チャールズ・ディケンズクリスマス・キャロル』【Amazon
  51. ダニエル・デフォーロビンソン・クルーソー』【Amazon
  52. アレクサンドル・デュマモンテ・クリスト伯』【Amazon
  53. ダフネ・デュ・モーリア『鳥―デュ・モーリア傑作集』【Amazon
  54. コナン・ドイルシャーロック・ホームズの冒険』【Amazon
  55. マーク・トウェインハックルベリー・フィンの冒険』【Amazon
  56. フョードル・ドストエフスキー罪と罰』【Amazon
  57. レフ・トルストイ戦争と平和』【Amazon
  58. オマル・ハイヤームルバイヤート』【Amazon
  59. 巴金『寒い夜』【Amazon
  60. オルダス・ハクスリーすばらしい新世界』【Amazon
  61. ヤロスラフ・ハシェク『兵士シュヴェイクの冒険』【Amazon
  62. ボリス・パステルナーク『ドクトル・ジバゴ』【Amazon
  63. ジョルジュ・バタイユ『目玉の話』【Amazon
  64. トマス・ハーディ『テス』【Amazon
  65. ダシール・ハメット『ガラスの鍵』【Amazon
  66. ジェームス・マシュー・バリーケンジントン公園のピーター・パン』【Amazon
  67. オノレ・ド・バルザックゴリオ爺さん』【Amazon
  68. ジェイムズ・ヒルトン『チップス先生、さようなら』【Amazon
  69. スコット・フィッツジェラルドグレート・ギャツビー』【Amazon
  70. ウィリアム・フォークナー八月の光』【Amazon
  71. E・M・フォースター『インドへの道』【Amazon
  72. アン・ブロンテ『アグネス・グレイ』【Amazon
  73. エミリー・ブロンテ嵐が丘』【Amazon
  74. シャーロット・ブロンテジェイン・エア』【Amazon
  75. ヘルマン・ヘッセ『クヌルプ』【Amazon
  76. アーネスト・ヘミングウェイ老人と海』【Amazon
  77. エドガー・アラン・ポー『アッシャー家の崩壊/黄金虫』【Amazon
  78. ナサニエル・ホーソーン『緋文字』【Amazon
  79. ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』【Amazon
  80. ウラジミール・ナボコフ『ロリータ』【Amazon
  81. カーソン・マッカラーズ『結婚式のメンバー』【Amazon
  82. ホレス・マッコイ『彼らは廃馬を撃つ』【Amazon
  83. トーマス・マン魔の山』【Amazon
  84. マーガレット・ミッチェル風と共に去りぬ』【Amazon
  85. モーリス・メーテルリンク『青い鳥』【Amazon
  86. ハーマン・メルヴィル『書記バートルビー』【Amazon
  87. L・M・モンゴメリ赤毛のアン』【Amazon
  88. ギ・ド・モーパッサン『脂肪の塊/ロンドリ姉妹 モーパッサン傑作選』【Amazon
  89. サマセット・モーム『お菓子とビール』【Amazon
  90. ヴィクトル・ユゴーノートル=ダム・ド・パリ』【Amazon
  91. コデルロス・ド・ラクロ『危険な関係』【Amazon
  92. レーモン・ラディゲ『肉体の悪魔』【Amazon
  93. フランソワ・ラブレー『ガルガンチュアとパンタグリュエル』【Amazon
  94. ハーパー・リーアラバマ物語』【Amazon
  95. ガストン・ルルーオペラ座の怪人』【Amazon
  96. エドモン・ロスタン『シラノ・ド・ベルジュラック』【Amazon
  97. 老舎『駱駝祥子』【Amazon
  98. 魯迅『故郷/阿Q正伝』【Amazon
  99. ジャック・ロンドン『野性の呼び声』【Amazon
  100. オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』【Amazon

この記事を作成して思ったのは、岩波文庫新潮文庫光文社古典新訳文庫は偉大だということだ。ほとんどがこの3つの文庫で収まってしまう。日本の出版社もまだまだ捨てたものではない。

なお、現代文学については新入生のための海外現代文学リスト(2018年版)にまとめた。こちらも学生時代に読んでおくべきである。

馮夢竜『平妖伝』(1620)

中国古典文学大系 (36)

中国古典文学大系 (36)

 

★★★

宋の仁宗の時代。老婆の姿をした狐の聖姑姑が、滞在先の華陰県で蛋子和尚と出会う。和尚は卵から生まれた僧侶で、白雲洞の石壁から秘冊『如意冊』を写し取っていた。『如意冊』は春秋時代に白猿の化身・袁公が天上から盗み出して下界に持ち込んだ代物。秘冊を解読した聖姑姑は妖術を習得、さらに彼女の弟子になった蛋子和尚も同じく妖術を習得する。やがて聖姑姑たちは貝州で則天武后の生まれ変わりである王則と出会い……。

「天后さまがご在位の時には、仏像を鋳たり、塔を造ったり、広く仏事をおこされた功徳は少なくなかったと聞き及びます。それを、なにゆえにまだ冥土にお迷いでございますか」

「およそ人はまず清浄の心を発し、後に布施の福を得る。朕は心構えが不浄で、魔道を修めた。当時、女としての福はことごとく受けたが、ただ男になれぬのが恨めしかった。仏をあがめ祈願したのは、そのためにほかならない。いまや因縁はめぐり来らんとし、すでに上帝より、男子として生まれかわらせるとの命令がでているのだ」(p.54)

当時の中国人がどういう物語に親しんでいたのか、という意味で興味深かった。九天玄女と袁公が出てくるところは『西遊記』を連想させるし、天罡星と地煞星が出てくるところは『水滸伝』【Amazon】を連想させる。本作は『西遊記』と同じく仏教(及び道教)の影響が強い。たとえば、貝州の軍人で後に反乱を起こす王則は則天武后の生まれ変わりだし、聖姑姑の娘の胡媚児は則天武后の愛人だった張六郎の生まれ変わりである。この転生という概念は明らかに仏教が由来だろう。面白いのは、王則も胡媚児*1も自分の前世を自覚してないところだ。この辺が仏教的リアリズムというのか、転生にもそれなりのルールがあるのが垣間見える。転生すると前世の記憶を忘れるのって、物語としては広がりがなくて不便だけど、大枠である仏教がそういう設定なのだから仕方がないのだろう。ともあれ、こうやって宗教が庶民の生活に根付いているなんて、今の中国からは想像がつかない。

西洋にはキリスト教があって、中国には仏教と道教がある。中国文学は比較的最近まで神話を取り入れていたようで、本作では天上界の九天玄女が当たり前のように下界に介入してきたりする。同時代の西洋文学が素朴な神話から離れていたのに対し、中国文学はそうではないところが興味深い。神々と人間が関わり合うところはギリシャ神話のようであり、妖人が人間社会を騒がせるところはいかにも前近代的といった感じだ。本作は王則の乱という歴史的事実を土台に、妖術やら転生やらで味付けしていて、当時の中国人はこういう物語を好んでいたのかと感慨深くなった。同時代を題材にせず、舞台を過去に設定するのは、政治的に問題があるからだろうか。下手したらお上に首を斬られかねないし。いずれにせよ、中国には長い歴史があるから題材には事欠かない。

本作を読んで思ったのは、完璧な人間は存在しないし、完璧な社会も存在しないということだ。王則が反乱を起こしたきっかけは、貝州の知事が兵士たちに俸禄を支給しなかったため、彼が代わりに米と銭を与えたことによるのだけど、じゃあ王則が掛け値なしの善人かと言えばそうでもなく、権力を握った後は民草に酷い仕打ちをしている。結局は皇帝になって好き勝手したいだけなのだ。そこに正義なんて欠片もない。この俗物ぶりがおよそ則天武后の生まれ変わりとは思えなくて、何のためにわざわざ転生してきたのか分からない。皇帝の生まれ変わりという設定は、単に妖人たちを彼のもとに集結させるための餌でしかなくなっている。

「王則のあの法術は仏道で金剛禅とよび、道教では左道術とよんでおります。もし両方ともできるならば、それは二会子とよぶのですが、みな邪法で、ただ豚と羊の血および馬の尿、犬の糞、にんにくを恐れます。もしその一滴をかやつの体の上にたらせば、鬼神に変ずることもできず、妖術も使えなくなるのです」(p.355)

官軍との戦いでは、妖人たちが妖術を使って活躍するのだけど、実はその妖術を破る方法があって、しかもそれが単純な方法だったのは予想外だった。それまであまりにやりたい放題やっていたから、てっきり無敵だと思っていたのだ。しかも、彼らの妖術は天上界の秘冊が由来だし。だから上の引用を読んだときはびっくりしてしまった。神々の術を打ち破る方法があるんだなあ、と。まあ、物語を勧善懲悪で終わらせるには、妖術が無敵であっては困るわけで、落とし所としてはこんなものなのだろう。仮に妖術が無敵だったら、天下は妖人たちのものになっていて、史実と整合性がとれないから。

というわけで、本作は昔の中国人がどういう物語に親しんでいたか知りたい人にお勧め。順番としては、四大奇書*2と『紅楼夢』【Amazon】を読んだ後の落ち穂拾いにでも。

*1:後に胡浩の娘・胡永児として転生する。

*2:三国志演義』【Amazon】、『水滸伝』【Amazon】、『西遊記』【Amazon】、『金瓶梅』【Amazon】。

デイヴィッド・ロッジ『考える…』(2001)

考える…

考える…

 

★★★

イギリスの田園地帯にあるグロスター大学。そこの認知科学センターの所長にしてタレント教授でもあるラルフ・メッセンジャーは、女たらしのヤリチン男だった。彼は人間の意識について研究しており、自分の内心を声に出して録音している。そこへ夫を亡くしたばかりの作家ヘレン・リードが、大学院の創作コースで教えるためにキャンパスにやってきた。ラルフは妻子持ちであるにもかかわらず、ヘレンと肉体関係を結ぼうとする。ヘレンは当初断っていたが……。

(……)ヘレンはラルフのほうを向いて話しかける。「でも、あなたが小説を読まないっていうのには、びっくりするわ。あなたは意識にたいそう関心があるのに、現代の小説の大半は、意識についてのものよ」

「いや、若い頃は、少しは読んださ」とラルフは言う。「『ユリシーズ』の初めの数章は素晴らしい。それから先は、ジョイスは、文体ゲームとクロスワードパズルに逸れて行ったみたいだ」

ヴァージニア・ウルフは、どう?」

「お上品過ぎ、詩的過ぎる。どの登場人物もヴァージニア・ウルフみたいだ。ぼくの印象では、ジョイスの方向を追って、ジョイスを越えた者は誰もいない。正しいかい?」

「たぶんね」とヘレンは言う。「意識の流れの小説自体、ちょっと時代遅れ」(p.124)

ボヴァリー夫人』【Amazon】や『アンナ・カレーニナ』【Amazon】に代表される通り、姦通とは文学の題材としては王道である。本作はその姦通を柱にして、意識の流れのパロディや何人かの作家の文体模写*1、Eメールによる書簡体小説などのお遊びを入れたり、人間の意識は科学と文学のどちらで扱うべきかを議論したりしている。認知科学者のラルフは科学を支持する立場であり、作家のヘレンは文学を支持する立場だ。思考の本質的特徴は、それがプライベートで秘密であることだけど、ラルフはそれを録音しているし、ヘレンは日記として形に残している。そこで表に出された思考は実に赤裸々で、どちらも姦通について明けっ広げに告白している。そのため、録音や日記によって、取り返しのつかないことになるだろうと期待していた。ところが、それらが主筋に決定的な影響を与えるようなことはなく、結果的には宙に浮いたまま終わっている。さらに、人間の意識は科学と文学のどちらで扱うべきかという議論も中途半端のまま放り出されていて、個人的には不満の残る小説だった。唯一の救いは、不倫の終わらせ方が巧妙だったところだろう。ラルフとヘレン、2人の心理に影響を与える意外な事件が終盤に用意されている。この辺はさすがベテランの作家という感じで、小説として何とか体裁を保っていた。

作家のヘレンは夫を亡くして以来、小説が書けなくなってしまった。彼女は日記をつけることで、書くための筋肉を維持している。このくだりを読んで思ったのは、最近のSNS世代の人たちは書くための筋肉が衰えているんじゃないかということだ。Twitterには140字の制約があるし、読者メーターには250字の制約がある。これだけの文字数ではまとまった思考を書き出すことは不可能で、どうしても断片的なアウトプットになってしまう。たとえば、本の感想を書きたいと思った場合、140字では大雑把なことしか書けないし、250字ではそれよりややマシな程度の薄味なことしか書けない。本の感想を真面目に書こうと思ったら、少なくとも1200字は必要だろう*2SNSを見て僕はこう思う。ああ、この人たちは逆立ちしても僕に敵うことはないんだな、と。文章は思考に影響を与える。そこに文字数の制限を加えてしまったら、思考にも制限が加わってしまう。書くための筋肉とは、すなわち考えるための筋肉であり、これが発達してない人間は、人生のあらゆる局面で不利な選択を強いられるだろう。これを読んで身につまされた人は、是非ブログを始めると良い。短文が主体のSNS時代だからこそ、長文を書くことで他人に差をつけることが出来る。

*1:マーティン・エイミス、アーヴィン・ウェルシュサルマン・ラシュディ、サミュエル・ベケットヘンリー・ジェイムズガートルード・スタイン、フェイ・ウェルドンなど。

*2:これでもまだ原稿用紙3枚分だ。少ない。

エイモス・チュツオーラ『甲羅男にカブト虫女』(1990)

甲羅男にカブト虫女

甲羅男にカブト虫女

 

★★★★

短編集。「甲羅男カメのものがたり」、「カメの女房、ヤンリボのものがたり」、「村のまじない医」、「アジャオと跳ねる骨」、「悪をもって、悪に報いるなかれ」、「アカンケとやっかみ質屋」、「あさって忘るなかれ」、「裏切りアデ」、「きかん気息子レレ」、「子ガモになった兄弟と、わからず屋の妹」、「畑長者と奇妙な男」、「がめつきカメとオリシャ-オコ」の12編。

アジャパは涙ながらにすがりつく。

「今日この日より、わたくしはあなたの奴僕でございます! どうか、どうか、おゆるしを!」

王は答えて、

「カメ、その異名をアブラフム、郷の土より生まれた息子よ。おまえは里の人々を裏切り、仇にくみした。その罪ゆえに、いまこそ罰を受けよ!」

王は神々の方にむき、いくども怒号をあげた。

「この地の神々よ、わが祖先の霊よ、このカメを麗しき男から甲羅男に変え、今日より甲羅を衣とし、森のなかを這いまわらせ賜え!」

恐ろしや、驚いたことに、王が呪いをかけたとたん、カメはみるみる小さくなり、甲羅を背負った生き物に変わった。(p.18)

アフリカ版『グリム童話』【Amazon】といった感じだった。民間伝承を元にしているのは相変わらずだけど、デビュー作の『やし酒飲み』より遥かに筋が通っていて読みやすい。これは著者の技量が上がったせいなのか、それとも短編だからなのか。いずれにせよ、『やし酒飲み』のような継ぎ接ぎ感がなく、びっくりするくらい洗練されている。エイモス・チュツオーラの入門書にちょうどいいんじゃないかと思った。

個人的にこの著者の小説は、文学的というよりは、文化人類学的な尺度で評価してしまう。アフリカにこんな物語があったのかよ、みたいな驚き。本書の場合、どれも西洋の童話と大差がなくて、こういうのは世界共通なのかと思ってしまう。このブログで取り上げた本だと、『ギルガメシュ叙事詩』を読んだときのような感動をおぼえた。

以下、各短編について。

「甲羅男カメのものがたり」。三十路になったアジャパが盗人になり、遂には戦争を引き起こして、最後は王の呪いで甲羅男にされてカブト虫女と結婚する。突拍子のない部分が目立つけれど、それは童話の範囲内に収まっていてさほど違和感がない。

「カメの女房、ヤンリボのものがたり」。後に甲羅男と結婚するカブト虫女の物語。作中で処女を生贄の運び人にしているところが目を引いた。アフリカでも処女に特別な意味があるらしい。これは全世界共通の価値観なのだろうか。文化人類学的興味がうずく。

「村のまじない医」。まじない医が金持ちから財産を盗み、その子孫までを貧乏暮らしにさせるのだけど、最後は収まるべきところに収まる。失われたものが元に戻るオーソドックスな童話だった。淡々としながらも妙にカタルシスがある。

「アジャオと跳ねる骨」。アジャオという男がニンフから魔法の匙を貰う。匙を持ちながらある言葉を唱えると、おいしい食べ物と飲み物が出てくるだった。これなんかも童話にありがちで、似たような話が『グリム童話』にあったと思う。ただ、最後に鞭を使って教訓的に締めるのは意外だった。

「悪をもって、悪に報いるなかれ」。これも教訓的な寓話だけど、独特のアフリカン・テイストがあって面白い。要約すれば、酷い目に遭わされたからといって仕返しをするのはよくない、ということか。アフリカではこういう話を使って子供に道徳を教えているのだろう。

「アカンケとやっかみ質屋」。借金のかたに取られた娘が、質屋のおかみの命令で粉挽きをすることに。そこへゴブリンの群れがやってきて、娘は大金を手に入れるのだった。それを知ったおかみは、自分もあやかろうと息子を使って同じことを試みる。おかみと息子が酷い目に遭うのは、この手の話のお約束。

「あさって忘るなかれ」。またまた教訓的な話だけど、ペテン師が勝利して善良な兄弟が不幸な目に遭うところが新鮮だった。兄弟は身をもって自分たちの不明を知るというわけ。「あさって忘るなかれ」という言葉にそんな意味があったとはね。本作みたいな後味の悪い話はけっこう好き。

「裏切りアデ」。「あさって忘るなかれ」よりも後味が悪くてぞっとした。善人だからといって無条件に善き生は送れない。人生は不条理で、他人の悪意によっていとも簡単に破滅させられてしまう。アデがなぜ裏切るのかは分からないけど、この世にはどうしようもない悪人がいるので、こちらも用心深く生きなければならない。

「きかん気息子レレ」。金持ちの息子レレが猟師になりたいと言ってジャングルに飛び出し、太鼓叩きの奴隷にされてしまう。紆余曲折を経て助けられるのだけど、その紆余曲折がアフリカっぽくて面白い。アフリカでは子供を躾けるためにこういう話を読みきかせてそう。

「子ガモになった兄弟と、わからず屋の妹」。作中に禁止事項が設定されて、それを破ると恐ろしい目に遭うのは、世界共通のお約束みたいだ。見てはいけないものを見てしまう。イギリスの諺に「好奇心は猫を殺す」というのがあるけど、本作はまさしくそれだ。といってもまあ、結局はハッピーエンドだけど。

「畑長者と奇妙な男」。1人で4千人ぶんの仕事ができる小作人。その正体は森に棲む不死の魔物の長だった。彼がどうやって仕事をしているのか、それを知りたいと思うのは人間の性だろう。僕も好奇心は強いほうだからつい気になってしまう。

「がめつきカメとオリシャ-オコ」。これも作中に禁止事項が設定されていて、スープを飲むなと言われたのにあっさり飲んでしまう。この飲むなよ飲むなよって要はチェーホフの銃だし、日本だとダチョウ倶楽部のネタ振りみたいでもある。それにしても、男が妊娠する童話ってありそうでなかったな。

イアン・マキューアン『憂鬱な10か月』(2016)

憂鬱な10か月 (新潮クレスト・ブックス)

憂鬱な10か月 (新潮クレスト・ブックス)

 

★★★★

胎児の「わたし」が母親の腹の中で外界の様子を探る。どうやら母親のトゥルーディは父親と別れ、彼の弟クロードと愛人関係にあるようだった。しかも、2人は共謀して父親を殺害しようとしている。クロードは「わたし」が産まれたら他所へ養子に出す算段だった。「わたし」は状況を変える術がないまま、事件の推移を物語る。

自分の鼻先数インチに父親のライバルのペニスを突きつけられるのがどういうことか、だれもが知っているわけではないだろう。妊娠末期のこの時期になれば、わたしのために自制するのが当然ではないか。医学的見地から要求されるわけではないとしても、それが礼儀というものだろう。わたしは目をつぶり、歯茎を噛みしめて、子宮の内壁に体を押しつけて踏ん張っている。ボーイング機の翼がもぎ取られかねないほど激しく揺れる乱気流。母は遊園地ぽい絶叫を発して、愛人を駆り立て、鞭を当てる。ロック・コンサートの死の壁みたいなものだ!(p.26)

これは面白かった。プロットは不倫関係の男女が寝取られ男を殺害するありきたりの犯罪ものだけど*1、その様子を胎児が語るというアイデアが秀逸すぎる。語り手はまだ産まれてないので当然のことながら名前がない。名無しの彼は胎児なのに成熟した人格を持っており、大人顔負けの豊富な知識と語彙を駆使して縦横無尽に語り倒している。本を読まない昨今の大学生よりも、遥かに教養が深くて思考力が高いのが可笑しい。こういうのはやり過ぎくらいがちょうど良くて、やはりフィクションにはこれくらいの大胆なはったりが欲しいと思う。ありふれた出来事を特別な方法で語る。現代文学は「何を語るか」よりも「どのようにして語るか」に力点が置かれているけれど、本作はその極北に位置すると言えるだろう。

全体的には手垢のついたプロットではあるものの、父親がトゥルーディとクロードの前に愛人を連れてくるところは捻りが効いているし、殺人が成功するか失敗するかの瀬戸際はけっこうドキドキしながら読んだ。読んでるほうとしては、上手く相手の計画を回避して生き延びろって思うのだけど、一方でもしそうなったら話にならないわけで、本作はその辺の焦らし方が巧妙である。語り手の「わたし」は胎児なので状況に介入できない。基本的にはただ語るだけの存在だ。しかしながら、彼なりに父親の仇を取ろうと意外な行動に出ているのだから油断できない。本作はフィクションならではの逸脱が最高だと思う。

語りの芸で読ませるところは、同じ著者の『初夜』【Amazon】に似ているかもしれない。また、語り手がぶっ飛んでいるところは、スティーヴン・ミルハウザーエドウィン・マルハウス』【Amazon】を思い出した。個人的には、大上段に構えたシリアスな文学よりも、こういう人を食った小説のほうが好みである。

*1:ハムレット』【Amazon】と同じ構図らしいが、実のところよく覚えてない。

リチャード・フラナガン『奥のほそ道』(2013)

奥のほそ道

奥のほそ道

 

★★★

1915年頃にタスマニアで生まれたドリゴ・エヴァンスは、本土の大学で勉強して外科医になり、第二次世界大戦では将官として従軍することになった。ところが、彼は日本軍の捕虜になってタイの収容所の責任者にされる。捕虜たちは全長415キロメートルに及ぶ泰緬鉄道の建設に駆り出され、飢餓と病に喘ぎながら日本軍にこき使われる。日本の軍人は天皇の名のもと、捕虜に理不尽な暴力を加えるのだった。

彼女といたい、彼女とだけいたい、昼も夜も彼女といたい、彼女の語るどうしようもなく退屈な逸話やわかりきった見解にも付き合いたい、彼女の背中に鼻を走らせたい、彼女の脚がこの脚にからみつくのを感じたい、彼女がうめくようにこちらの名を口にするのを聞きたいというこの欲求、人生のほかのすべてを圧倒するこの欲求はなんなのか。彼女を思うとき腹に感じるこの痛み、胸を締めつけられる感覚、制御できないめまいをなんと名づけたらいいのだろう。彼女のそばに、彼女とともに、彼女とだけいなくてはならない。この直感とも感じられるただ一つの考えにいま取り憑かれているということを、わかりきった言葉以外の言葉で、どう言えばいいのだろう。(pp.213-214)

ブッカー賞受賞作。

これはなかなか気が滅入る読書だった。戦時中の捕虜への虐待が凄まじく、ややもすれば靖国神社の陰に隠れがちな日本人の加害性がこれでもかと暴かれている。『四世同堂』の項でも書いたけれど、原爆の投下や本土の空襲のせいで、日本人は自分たちを被害者だと位置づけがちだけど、実は俯瞰的に見たら加害者としての面が大きいし、世界的にもそれが常識なのだろう。本作は日本の軍人の精神性に驚くほど肉迫していて、その人物像は、日本の読者が読んでもあまり違和感がないと思う。ああ、こういう無茶苦茶な軍人、絶対いたよなって感じ。捕虜には鉄拳制裁で強制労働させ、場合によっては日本刀で首を斬り落とし、物資が足りないのを精神論で乗り切ろうとする。捕虜たちは飢餓と病で青息吐息。にもかかわらず、「天皇陛下のために」と発破をかけ、捕虜たちをボロ雑巾のようにこき使っている。これを地獄と呼ばずして何と呼ぶべきだろう。第二次世界大戦にしても太平洋戦争にしても、オーストラリアはなかなかクローズアップされることがないけれど、こと日本との関係においては、こんな過酷な仕打ちが行われていたのだ。オーストラリア人からしたら、日本の収容所よりもドイツの収容所に入ったほうが遥かにマシだったという。人間が同じ人間に対して残酷な扱いをするのって、国籍関係なく嫌な感じがするけれど、加害者が自分と同じ日本人だと思うと、ますます嫌な感じが募ってくる。小説を読んでこんなに気が滅入るとは思わなかった。

ただ、本作は捕虜の虐待だけではなく、ドリゴの恋愛や戦後の逸話なども描かれている。扱っている物事の幅は意外と広い。大筋では時系列通りに語られているけれど、細かいところでは過去へ行ったり未来へ行ったりしていて、真っ直ぐに進まないところが現代文学らしい。ドリゴが戦後も生き残り、テレビのインタビューを受けて、戦争の英雄として有名になったことが比較的早い段階で明かされている。こういう「どのようにして語るか」という部分も、本作の注目すべき点だろう。個人的には、上に引用したような詩的な表現がぐっときた。日本の有名な文学作品をタイトルにしているだけあって、読み返したくなるような文章がいくつもある。ドリゴの恋愛が道ならぬ恋で、これが彼の人生の中心にあるところが何とも言えない。これが戦争を扱っただけの小説だったら、ここまで詩情を感じることもなかっただろう。

本作は戦犯の死刑についても触れているけれど、死刑囚のなかに朝鮮人と台湾人がいたことにショックを受けた。よくよく考えてみれば、朝鮮も台湾も植民地にされた後、住人たちは日本人として戦争に駆り出されていたのだった。こうやって加害者として巻き込まれた挙げ句死刑に処されるなんて、あまりにも理不尽だと思う。すべて戦争が悪いと言えばそれまでだけど、その状況を作ったのは我々人間なので、人間というのは本質的に罪深い存在だと言える。

なお、この記事は今話題の「HINOMARU」【Amazon】を聴きながら書いた。RADWIMPS野田洋次郎にはぜひ本作を読んでもらいたい。