海外文学読書録

書評と感想

出崎統『おにいさまへ…』(1991-1992)

★★★★

良家の令嬢が集まる青蘭学園高等部。そこに御苑生奈々子(笠原弘子)が入学する。中学時代の友人・有倉智子(神田和佳)も一緒に入学した。学園にはソロリティという社交クラブがあり、そこには選ばれし生徒しか入れない。奈々子はその候補に選ばれる。一方、クラスメイトの信夫マリ子(玉川砂記子)は入学当初から奈々子に接近していたが、彼女も候補に選ばれるのだった。奈々子は候補に選ばれたことで生徒たちから執拗な嫌がらせを受ける。

原作は池田理代子の同名漫画【Amazon】。

全39話。

少女漫画については詳しくないが、こういった良家の令嬢が集まる学園というのはおそらく定番なのだろう。むせ返るような女だけの園。モラトリアム特有の閉鎖的な空間は耽美趣味や貴族趣味に彩られている。本作にもサン・ジュスト(島本須美)や薫の君(戸田恵子)、宮さま(小山茉美)といった華麗な人物が登場し、およそ現代日本とは思えない西洋的な雰囲気を醸し出している。当初は同性愛の世界を匂わせながらも段々と異性愛の世界が開けてくるところが特徴で、本作の異性愛は閉鎖的な空間からの解放を意味する。思えば、『文学部唯野教授』【Amazon】も主人公が異性愛に到達することで幕を閉じた。これはつまり同性同士のホモソーシャル的ないざこざから距離を置き、大人として自立するということである。こういった閉鎖的な空間からの脱出は学園ものに共通するのかもしれない。たとえば『少女革命ウテナ』なんかはもろに意識していて、ラストは学園から一歩踏み出すというものだった。いつまでもモラトリアム空間に閉じこもってはいられない。その逃避の手段が異性愛だったり外に出ることだったりするのである。

全体としてはもつれた糸を解きほぐすような構成で、登場人物をしゃぶり尽くしているところが面白い。特に辺見(玄田哲章)は奈々子の義兄であり、宮さまの初恋の人であり、薫の君の元カレである(後に復縁し結婚する)。閉鎖的な空間に似つかわしい閉鎖的な人間関係だが、フィクションとは一人の人物に様々な役割を与えないと頭数が増えて収拾がつかなくなる。だからこうなってしまうのだろう。当初は奈々子の「おにいさま」に過ぎなかった辺見。そんな彼がここまでフィーチャーされるとは夢にも思わなかった。

マリ子は典型的な境界性パーソナリティ障害であり、特定の人物への依存と激しやすい性格は序盤の障害である。のっけからとんでもない問題児が出てきてハラハラするが、一連の騒動を乗り越えてからは奈々子の良き友人となるのだからほっとする。奈々子、智子、マリ子の3人で仲良く交流する様子は微笑ましいものがあった。彼女は終盤でまた試練に晒されるが、その試練を通じて三咲(勝生真沙子)が回心し、さらにはソロリティ解体への大きなうねりが生じるのだからよくできている。本作はシナリオが練りに練られていて感心した*1

宮さまとサン・ジュストの愛憎が本作のメインディッシュだろう。宮さまは悪役令嬢といった風情の誇り高き令嬢で、学園の上部構造であるソロリティのリーダーである。そんな彼女はサン・ジュストにつらく当たっていた。サン・ジュストの手に剣山を落とすのだから狂っている。一方、サン・ジュストは男装の麗人といった風情の人気者だが、未成年のくせに喫煙したりODしたり退廃的である。そんな彼女は宮さまに対して盲目的な愛を捧げていた。2人の関係は一見するとサドマゾ的だが、実は出生の秘密が原因でこうなっている。このもつれた糸を解きほぐすところが本作の見所だろう。嵐のような2人の関係は一旦は小康状態に落ち着く。ところが、それが完璧に正常化されるには大きな代償が必要だった。宮さまとサン・ジュストは何よりキャラクターデザインが秀逸である。悪役令嬢と男装の麗人は耽美な世界を形作るのに貢献していた。

薫の君は学園における唯一の常識人であり、周囲のいざこざを調停する余裕の人である。ところが、彼女は胸の病気で命の危機と隣合わせにあった。5年以内に再発したら助からないのだという。薫の君は奈々子やサン・ジュストの良き理解者である。と同時に大人として適切な距離感をわきまえており、相手の土俵にずかずかと踏み込んでいかない。独立した個人としてすこぶる魅力的だが、彼女は彼女で自分の問題となるとどうにもならなくなるのだった。終盤、宮さまが薫の君を励ますところが振るっていて、薫の君は残りわずかかもしれない命を精一杯生きようとする。この展開がなかなか感動的だった。辺見とのフィナーレは収まるべきところに収まっている。

演出は出崎統らしく過剰で、現代のアニメに慣れているとかえって新鮮である。ハーモニーや透過光の多用はもはや職人芸だった。画面分割も今見ると格好いい。『あしたのジョー』、『エースをねらえ!』、『ベルサイユのばら』を高く評価している人は本作も見るべきである。

*1:なお、マリ子の元ネタは吉屋信子『わすれなぐさ』【Amazon】らしい。機会があったら読んでみたい。