海外文学読書録

書評と感想

黒沢清『蛇の道』(1998/日)

蛇の道

蛇の道

  • 哀川翔
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★★★★

幼い娘を殺された宮下(香川照之)が、塾講師の新島(哀川翔)と組んで復讐に臨む。2人はやくざ者の大槻(下元史朗)を拉致監禁して口を割らせる。どうやら犯人は檜山(柳憂怜)のようだった。宮下は檜山の名を聞いてびびっている。宮下と新島は檜山を拉致すべくゴルフ場へ行く。

脚本が捻っていて面白かった。新島は監禁したやくざたちに取引を持ちかけたり、有賀(翁華栄)に身元を偽るよう指示したり、事態を混乱させている。真犯人は誰だって構わない様子で、戦線を拡大させる装置と化している。これはゴールのない不条理劇なのかと思ったら、実はちゃんとした理由があった。たびたび出てくる見通しの悪い道路に象徴される通り、本作の復讐劇も見通しが悪い。宮下はともかく、新島が何をしたいのか分からないのである。ところが、最後の最後で全体の見通しが良くなる。すべてのカラクリが明らかになるところにカタルシスがあった。

暴力描写が生々しいところもいい。おそらくリアルな暴力というのは即物的で、ハリウッドのアクション映画のような派手さはないのだろう。本作は低予算らしく暴力描写は地味だが、それゆえに生々しさが際立っている。銃撃戦なんて棒立ちで構えてパンパン撃つだけ。しかしアクション映画のように格好つけないからこそ、暴力の即物的な面が強調されるのだ。棒状の物体で相手をぶっ叩くシーンも変な小細工がなくてリアルである。暴力シーンはカット割りもカメラワークもあまり凝っておらず、あくまで他人事のように撮っている。その甲斐もあって我々の世界で実際に行われているような生々しい暴力が生まれている。低予算であることが功を奏していた。

冷静な新島と躁病的な宮下の対比も面白い。宮下は復讐心が強いあまり狂気に取り込まれていて、監禁しているやくざたちを相手にサディスティックに振る舞っている。一方、新島は協力者という立場のせいか、宮下に比べると紳士的だ。たとえば、食事を与えるシーン。宮下は食事に唾を吐いたり、床にぶちまけたりしてまともに食わせようとしない。それに対して新島はちゃんと食事を与えている。また、宮下は過度に新島を頼っているところがあり、その寄りかかり方は何かのきっかけで敵意に転化しそうで危うい。彼はとにかく精神が不安定なのだ。新島が男性的なキャラだとすれば、宮下は女性的なキャラである。2人は微妙に噛み合わない凸凹コンビだが、それゆえに何が起きるのか分からない緊張感がある。

やくざ側の人物でもっとも印象的なのがコメットさん(砂田薫)だ。彼女は片足が不具のようで、杖をつきながらびっこを引いている。言葉が喋れないのか、セリフは一切なく寡黙だ(手話で会話しているシーンがある)。彼女は女性であり障害者であるが、仕込み杖で近づく者を切りつける剣呑な一面があった。見た目に惑わされて油断していたら屈強な男でも殺されてしまう。本作は物言わぬコメットさんのキャラクターが強烈だった。