海外文学読書録

書評と感想

グレアム・スウィフト『マザリング・サンデー』(2016)

★★★★

1924年3月30日。母を訪う日曜(マザリング・サンデー)。この日はメイドに許された年に一度の里帰りの日であり、ニヴン家に仕える孤児のジェーンにも暇が出される。ところが、ジェーンはシェリンガム家の令息ポールと最後の逢引きをするのだった。ポールは同じ階級の女性との結婚が決まっている。情事が終わって別れる2人だったが……。

様々な場面。それらを想像することは、可能性を想像すること、さらには未来の現実を予言することかもしれない。しかし、想像はまた、実在しないものを呼び出す呪文でもある。(p.71)

いかにも芸術作品といった感じの上質な中編だった。このところ古い小説ばかり読んでいたせいか、21世紀の小説の進化ぶりには驚きの念を禁じ得ない。たとえば、ジェイン・オースティンの作品世界を平面的とするなら、グレアム・スウィフトのそれは立体的だ。登場人物の言動や細部の書き込み、時系列の操作など、あらゆるテクニックを駆使して虚構の世界をもっともらしくでっちあげている。19世紀と21世紀では、小説の巧拙にここまで差があるのかと感動してしまった。最近の読者が古典を読まずに新刊ばかり追いかけている理由も分かるような気がする。明らかに現代の小説のほうがレベルが高い。長編作家による中編なんて所詮は手慰みだろうと思って舐めてかかったら、いい意味で予想を裏切られたのだった。

メイドのジェーンは読書好きが高じて後に作家になったことが明かされていて、70代、80代、90代のときにインタビューを受けている。そして、1901年生まれの彼女は、98歳で亡くなったことになっている。そういう20世紀を体現する長大な人生から、1924年3月30日という特別な一日にスポットを当てているわけで、このミクロとマクロの組み合わせが絶妙だった。現代の小説は単純な時制では語らないということだろう。本作はこれに加えて、登場人物の言動や細部の書き込みに説得力があって、21世紀らしい立体的な小説世界になっている。キャラではなく人物、書き割りではなく背景といった感じの解像度の高さは特筆すべき点かもしれない。

個人的には現代文学の基準点に置きたい小説だ。今後小説を出す際は最低限このレベルを維持してもらいたい。じゃないと物足りなく感じるだろう。21世紀に入ってから小説のレベルは確実に底上げされている。