海外文学読書録

書評と感想

ジョーダン・ハーパー『拳銃使いの娘』(2017)

11歳のポリーの前に刑務所帰りの父ネイトが現れる。ポリーとその家族は、刑務所内にいる組織のボスによって抹殺指令が出ていた。早速、母親と義父が組織の手の者に殺されてしまう。ポリーはネイトと共に逃避行しつつ、絞め技やボクシングを仕込まれる。そして、親子は組織に反撃するのだった。

ポリーはまるで自分が大人で、パクのほうが子供だというように微笑んだ。

「普通の暮らし? あたしはそんな暮らしを送るようにはならない。もっとちがう暮らしを送るはず。でも、それはいいんだ。どのみち普通だったことなんてないもん。あたしは金星の子なんだから」(p.254)

21世紀が舞台とは思えないアナクロな小説で驚いた。ネイトは日常的に武装強盗を繰り返しているし、組織は麻薬を大量に商っているし、悪徳警官はその利益を横取りしようとしているし、これはボニーとクライドの時代か? というくらい古びている。作中人物が誰もスマホを使わないところが、本作の世界観を象徴しているのではなかろうか。マッドマックスシリーズのように犯罪者たちが跋扈している世界。これが現代アメリカのリアルだと言われたら謝罪するしかないけれど、個人的な感覚としてはファンタジーの度が過ぎて面食らってしまった。

本作で特筆すべきは、組織のボスが刑務所内にいるところで、そのせいでネイトは彼を殺すことができない。自分たちに下された抹殺指令を解除させることができない。ネイトとポリーはどうやって状況を打開するのだろう? という興味が途中まであって、そこら辺の問題設定は上手いと思った。さらに、その解決方法もまあまあ納得できるもので、少なくとも破綻してはいない。もっと強力な殺し屋が出てきて手に汗握る対決をしてほしいとは思ったけど、全体の骨組みは悪くなかった。

ただ、本作はすごく薄っぺらいのだ。ハリウッドのB級映画みたいというか。文章は簡潔で視点も頻繁に切り替わるから、読みやすいと言えば読みやすい。でも、読んでいて充実感がこれっぽっちもない。半ば義務的に文字を追っている感覚があって、読み捨て本とはこういうのを指すのかと思った。

とりあえず、女子供が不合理な行動をとって危機に陥る、みたいなプロットはもうやめるべきだ。読んでいてとてもイライラする。しかも、どうせ助かると分かっているからスリルもへったくれもない。なぜ、未だにこんな馬鹿馬鹿しいクリシェが使われているのか不思議に思う。あまりに捻りがなさすぎて、予定調和な物語を読まされている気分になった。

とはいえ、こういう薄っぺらい小説こそ映画化にぴったりであることも確かだ。ハリウッド映画って、アテンションスパンの短い観客に向けて、10分単位で完結するプロットを作れば、細かいシナリオなんてどうでもいいという風潮があるので。商業的にはそこそこ成功しそうな気がする。