海外文学読書録

書評と感想

『平家物語』(1240?)

★★★★★

治承元年(1177年)。平清盛は権力を笠に着て横暴な振る舞いをしていた。朝廷では平氏が高位の官職を占めており、「平家にあらずんば人にあらず」という状態になっている。治承4年(1180年)、以仁王の令旨を受けた源頼朝が伊豆で挙兵した。翌年には、信濃で同じ源氏の木曾義仲が挙兵する。やがて平清盛は死去、平氏一門は木曾義仲の襲来によって都落ちする。

祇園精舎の鐘の音を聞いてごらんなさい。ほら、お釈迦様が尊い教えを説かれた遠い昔の天竺のお寺の、その鐘の音を耳にしたのだと想ってごらんなさい。

諸行無常、あらゆる存在(もの)は形をとどめないのだよと告げる響きがございますから。

それから沙羅双樹の花の色を見てごらんなさい。ほら、お釈迦様がこの世を去りなさるのに立ち会って、悲しみのあまりに白い花を咲かせた樹々(きぎ)の、その彩りを目にしたのだと想い描いてごらんなさい。

盛者必衰、いまが得意の絶頂にある誰であろうと必ずや衰え、消え入るのだよとの道理が覚(さと)れるのでございますから。

はい、ほんに春の夜の夢のよう。驕り高ぶった人が、永久(とこしえ)には驕りつづけられないことがございますよ。それからまた、まったく風の前の塵とおんなじ、破竹の勢いの者とても遂には滅んでしまうことができますよ。ああ、儚い、儚い。(p.13)

原文で読む根性がないので翻訳で読んだ。これがまたすごく読みやすく、なおかつ分かりやすいのだから驚きである。たとえば、上に引用した文は本作の有名な冒頭だけど、相当言葉を補って訳しているのが見てとれる。特に誰が何をしたのかという基本的な部分に注力しており、読んでいて読者への配慮が伝わってくる。注釈が一切ないところがこの翻訳の自信の表れではなかろうか。それと、場面場面で調子を変えているのも面白い。ある合戦のシーンはプロレスの実況みたいにになっているし、別の合戦のシーンは「よう!」や「なぁむ!」など語り手の興奮した雄叫びが挿入されている。琵琶法師の息遣いが感じられる名調子といった趣だった。語り物を書籍化したという点では『三国志演義』【Amazon】と共通しているけど、文章そのものの面白さは段違いだ。やはり、こういう古典は学者よりも作家が訳したほうが読み物として優れたものになるのだろう。ジャンルは変わるけれど、たとえば塩野七生の『ローマ人の物語』【Amazon】なんかは文章がびっくりするくらい読みやすくて*1、学者にこういう通史は絶対に書けないだろうと思わせる。

滅びゆく平氏というのが物語の主題になっていて、一人一人の死に様をそれぞれクローズアップして描いている。特に一の谷の戦いでは名のある将がバタバタ死んでいて圧巻だ。しかも、その際のディテールがなかなか詳しくて、どこまでが事実でどこからが虚構なのか興味をおぼえた。猪俣小平六が前司盛俊を騙し討ちした場面とか、熊谷直実が17歳の平敦盛を止むなく討ち取った場面とか*2、印象に残る名場面が多い。まるで見てきたかのように語っている。全体としては散りゆく平氏に同情的で、本作が鎮魂歌と評されるのも分かるような気がする。栄華を誇った平氏も最後には全滅。まさに盛者必衰だった。

序盤の中心人物は平清盛、中盤は木曾義仲、終盤は源義経である。平清盛と息子・平重盛の関係は、高須克弥と息子・高須力弥の関係に似ている。どちらも親がバカな言動をとっているのに対し、子供のほうはまともでしばしば親を諌めている。鳶が鷹を生んだという表現がぴったりだ。一方、木曾義仲は豪快なトリックスターである。陸戦は得意なのに海戦が苦手なのがチャーミング。その野性味が魅力的だ。そして、源義経梶原景時に讒言されて頼朝から追討されているところが不憫だった。あれだけ戦で活躍したのにこの仕打ち。まさに狡兎死して走狗烹らるである。

僕は高校時代に世界史を選択したので日本史の知識はそんなになかったけれど、本作はとても面白く読めた。翻訳がいいので一般的な教養があればまず挫折することはないだろう。僕はWikipediaで人物や合戦の概略を調べながら読んだ。洋の東西を問わず、歴史好きなら絶対に読んだほうがいい。この時代の武士は組み討ちでタイマンを張っていたとか、何かあるとみんなすぐに出家していたとか、そういう細部がとても興味深い。このブログでは海外文学しか扱わないつもりだったのに、思わず例外的に記事を書いてしまうほどはまってしまった。

*1:ただし、その内容は信憑性が低いとされている。

*2:熊谷はこれが原因で後に出家している。