海外文学読書録

書評と感想

高畑勲『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968/日)

★★★★

父(横森久)と2人で暮らしていた少年ホルス(大方斐紗子)が、巨人モーグ(横内正)の肩から錆びた剣を引き抜く。モーグによると、それは太陽の剣で、鍛え直せば「太陽の王子」と呼ばれることになるという。やがて父が死去。ホルスは遺言により、他の人間を探す旅に出る。道中、悪魔グルンワルド(平幹二朗)に捕まり、彼の弟になるよう迫られるのだった。その後、窮地を脱したホルスは村を見つけ、孤独な少女ヒルダ(市原悦子)と出会う。

後のジブリアニメを彷彿とさせる作家性の強いアニメだった。宮崎駿も原画と場面設計で関わっている。基本的にアニメは子供が見るものだが、この辺から大人の鑑賞に耐えうる作品が出てきたように思える。

今まで見てきた東映のアニメ映画に比べると、映像としてのスケールが大きくてびっくりする。たとえば、冒頭でホルスが狼の群れと戦うのだが、これがもう『未来少年コナン』【Amazon】に近いレベルの爽快なアクションで見応えがある。縄のついた斧で戦うこの切れ味ときたらもう! かと思えば、その後に巨人モーグがどでかい体をぐぐっと起こし、今度は迫力のある絵面を見せてくれる。このように本作は冒頭からしてただものではなく、アニメ表現に新風を吹き込んだような衝撃があった。

ホルスが大カマスを倒した後、村を流れる川に大量の魚が上ってくる。それを村人たちが歓喜の表情で迎える。この祝祭的な雰囲気は特筆すべきだろう。絵も合唱もめでたさで溢れていて、こういう表現もアニメを見る醍醐味だと思った。彼らの喜びは筆舌に尽くしがたい。

一方、狼の大群が村を襲撃したシーンでは止め絵が多く、現代のアニメに通じる省エネ志向が見られる。おそらく万策尽きたのだろうが、ここだけ明らかに絵が動いてなかったので不自然だった。この頃からアニメ制作はやりくりが大変だったようで、見ていてお察しという気分になる。商業アニメの苦労を思い知った。

本作は村人たちの群集心理をリアルに描いている反面、敵のグルンワルドについては悪事を為す目的がいまいち分からなくて困惑した。どうやら人類を滅ぼしたいらしい。でも、そんなことをしていったい何になるのだろう? 彼の配下と言ったら少数の動物くらいで、人類を滅ぼした後で何をするかというヴィジョンが見えない。だから物語を動かす空虚なコマとしか思えず、「悪魔は目的もなく悪事を為すから悪魔なのだ」と自らを納得させるしかなかった。この辺はもう少し奥行きを持たせてほしかったところだ。

ともあれ、アニメおたくなら見ないといけない映画であることには間違いない。巨匠・高畑勲も宮崎駿に比べるとパッとしない印象だが、本作はそれを覆すくらいの映画だった。