海外文学読書録

書評と感想

プレストン・スタージェス『結婚五年目(パームビーチ・ストーリー)』(1948/米)

結婚五年目(字幕版)

結婚五年目(字幕版)

  • C.コルベール
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★★★★

ジェリー(クローデット・コルベール)とトム(ジョエル・マクリー)は結婚して5年目。トムは発明家をしているが結果が出ず、家賃も払えない有り様だった。自分が足を引っ張っていると考えたジェリーは、離婚すべくフロリダのパームビーチへ向かう。一方、トムも後を追うのだった。現地ではジェリーが大富豪のJ・D・ハッケンサッカー3世(ルディ・ヴァリー)に、またトムがハッケンサッカーの姉センティミリア公爵夫人(メアリー・アスター)に見初められる。

初公開時の邦題が『結婚五年目』。再公開時の邦題が『パームビーチ・ストーリー』。現在は後者のタイトルで流通している。

話の論理がめちゃくちゃだが、それでも前に進めていく剛腕ぶりがすごかった。たとえば、ジェリーがトムと離婚する理由。トムが嫌いだから別れるのではなく、トムのためを思って別れるというのだ。まったくもって意味が分からない。また、家を出たジェリーは通りがかりのタクシー運転手に「離婚するならどこがいい?」と聞く。普通だったら役所の場所を教えるはずだが、運転手はなぜかパームビーチと答えるのだった。パームビーチは金持ちのための保養地なのになぜ? そして極めつけは反則としか言いようがないオチで、ハッケンサッカーとセンティミリアはそれでいいのかと思う。というのも、彼らのお相手は外見は同じでも中身は違う別人なのだから。双子はコピー人間ではない。とはいえ、この破綻した論理が面白みに繋がっていることは確かで、『レディ・イヴ』よりもだいぶ楽しめた。

列車で大暴れする狩猟クラブの老人たちが強烈で、そのアナーキーぶりは常軌を逸していた。最初は会員2人が発砲して窓ガラスをぶち破るだけだったのに、そのうち大勢の人たちが射撃大会のように撃ちまくっている。さらに、彼らは陽気に歌いながら猟犬を連れて寝台車に乗り込んできた。車内の秩序は崩壊し、無政府状態に陥っている。彼らの無軌道な盛り上がり方はまるで躁病である。民衆の叛乱というべきこの状況は彼らの乗った車両を切り離すことで解決するが、あの騒乱は閉鎖空間を狂気が支配していて怖かった。コメディを突き詰めるとホラーになるのかもしれない。

ジェリーとハッケンサッカー、トムとセンティミリアとあべこべのカップルができる。このねじれた関係をどうやって正常に戻すのかが終盤の課題だ。こういった状況設定はコメディの王道だが、しかしジェリーとトムが元鞘に戻るロジックが変わっている。というのも、ハッケンサッカーの歌声をサブテクストにして正気に戻ってしまうのだ。ホテルの中庭に楽団を用意して朗々とおやすみの歌を歌うありさまは最高に映画的であり、実際にあんなことをされたら百年の恋も冷めてしまう。他人の滑稽さを見て自分の滑稽さに気づくことは往々にしてある。あのハッケンサッカーは恋に狂った我々の写し絵だった。

トム役のジョエル・マクリーが階段落ちを披露しているが、『牛乳屋フランキー』のフランキー堺に比べると全然甘かった。フランキー堺は階段落ちの天才だと思う。また、本作はテキサスのソーセージ王(ロバート・ダドリー)が強烈な印象を残す。ジェリーとトムにそれぞれ無償で資金を提供していて、そのATMぶりによって物語を前に進めていた。彼は『ツイン・ピークス』のデヴィッド・リンチのようなアクの強さも兼ね備えている。主役を食うほどのバイプレーヤーだった。