海外文学読書録

書評と感想

ヨナス・ヨナソン『華麗な復讐株式会社』(2020)

★★★

ストックホルム。画商ヴィクトル・アルデルヘイムは極右の野心家である。彼は金持ちの令嬢イェンニから財産を奪い、私生児の息子ケヴィンをケニアのサバンナに置き去りにした。ケヴィンは現地の呪医に育てられた後、スウェーデンに帰国する。イェンニとケヴィンは偶然出会って意気投合。復讐代行会社の社長フーゴにヴィクトルへの復讐を依頼する。

「事態が落ち着くまで、ふたりともケニアにいた方がいい」

ケヴィンは悲し気に頷いた。

「わたしはどうなるの?」イェンニが言った。

それを聞いてフーゴは思った。そうだ、今すぐこの厄介者三人がそろってほかの大陸に行って姿を消してくれてもいいのだ。そうすれば、また元の生活に戻れる。イェンニとケヴィンが身の上話とともにオフィスに入ってきたあの瞬間よりも前に返って、また始めればいい。

元の。生活に。戻る。

それなのに、なぜ心は満たされない?(p.344)

著者はスウェーデンのベストセラー作家らしい。

途中からこちらの予想を超えたストーリーが展開したものの、風呂敷のたたみ方が雑で読後の印象はあまり良くなかった。とはいえ、プロットの組み立て方は上手い。パズルのピースがぴたっとはまっていく感覚がある。問題はご都合主義な終わらせ方だ。あと一歩でウェルメイドな佳作になったかと思うとかなり惜しい。

一旦は復讐が完遂し、サバンナの呪医がスウェーデンにやってきてからが本番だろう。やけにあっさり復讐が終わったと思ったら、そこからどんでん返しが発生し、フーゴたちは新たな難題に直面する。贋作だと信じていた絵画は真作だったし、その絵画を使った工作も紛糾する。この時点でハッピーエンドに持っていくハードルは高い。理想はヴィクトルから絵画を奪い返してケヴィンとイェンニが金持ちになることだろう。ところが、絵画を合法的に所有するには来歴(プロブナンス)の証明が必要なうえ、間違って譲渡の契約を交わしてしまって四苦八苦することになる。絵画の所有権についてヴィクトルの優位は動かない。これをどうやって解消するのか楽しみにしていたら、意外な方法で丸く収めてしまうのだった。率直に言って、この方法はぶっ飛んでいる。意図したものではないとはいえ、それまで合法的なフィールドにいたのが一線を超えて非合法的なフィールドに入っていくのだ。ここからの後始末はぐだぐだだったけれど、しかし、予想を超えた展開であることは確かで、プロットを動かすためなら倫理さえも逆手に取るところは並のエンタメではない。ほのぼのとした雰囲気でありながら、なかなかえげつないことをやっている。

マサイ族がだいぶ戯画化されていて、アメリカのリベラルが読んだら憤死しそうな勢いである。しかし、面白いのはケニアがイギリスの旧植民地であるため、サバンナの呪医も英語が話せることだ。スワヒリ語やマー語の他に英語が話せる。これが相当な強みになっていて、スウェーデンに渡っても言葉が通じているのだからよくできている。スウェーデンケニアは北国と南国として対比され、また、文明国と非文明国として対比される。本作はそういったカルチャーギャップをギャグとして用いながらも、根底に融和の精神があるのだから侮れない。いかにも現代小説という趣だった。

ヴィクトルが排外的な愛国主義者として設定されているのは、EUを席巻する極右勢力の影響だろう(ヴィクトルはヒトラーと重ね合わされている)。これはこれで闇が深い。