海外文学読書録

書評と感想

野村芳太郎『疑惑』(1982/日)

★★★★★

鬼塚球磨子(桃井かおり)と資産家の夫・白河福太郎(仲谷昇)の乗った車が、夜中に富山の埠頭から海に転落する。球磨子は自力で助かったが、福太郎は死んでしまった。福太郎に3億円の保険金がかけられていたことから、世論は球磨子による殺人ではないかと疑う。マスコミは憶測で書きたて、検察は物証もないのに起訴した。国選弁護人の佐原律子岩下志麻)が、法廷で球磨子の弁護をする。

原作は松本清張の同名小説【Amazon】。

ほんとんどが法廷劇の和製リーガルサスペンスだけど、これが予想上に面白くてびっくりした。松本清張の小説って大概つまらないのに、映画になると化けるのはどういうことなのだろう(思えば、『砂の器』【Amazon】も別物になっていた)。ハリウッド映画でもここまでの傑作はないと思う。

球磨子の物怖じしない態度が好ましく、警察の強権的な取調べに堂々と反抗しているところが良かった。僕も警察が嫌いなのでつい応援したくなる。だって、あいつら権力を笠に着て一般市民に横暴な振る舞いをしているからね。法律がなかったら一発ぶん殴っている。さらに、球磨子が記者会見でマスコミを挑発するところもいい。揃いも揃って自分を犯人と決めつけるメディアスクラムに対し、1人で毅然と対抗している。だいたいマスコミというのは、知る権利を振りかざしながら俗情との結託によってあることないこと書き立てるゴシップ機関で、こちらも一般市民にとっては迷惑な存在である。それは今も変わってなくて、たとえば今年、京都アニメーションが放火されて多数の犠牲者が出た際、遺族が望んでいないにもかかわらず、実名報道を強行して世間の顰蹙を買った。警察とマスコミ、この二大害虫を相手に一歩も引かないところが素晴らしい。

球磨子は状況証拠だけで起訴されてしまうのだけど、本当に殺ったのかは観てるほうも分からない。被告にとって不利な目撃証言があったり、現場に不可解な物体が落ちていたり、怪しい点がいくつかある。だから裁判の行方がとても気になる。そのうえ、弁護士の佐原とは緊張関係にあって、2人はたびたび衝突する。というのも、球磨子の法廷での態度がフリーダムすぎるため、自分で自分を不利に追い込んでいるのだ。法廷劇のクライマックスは子供が証言するシーンだけど、ここに至るまでのロジックが良くできていて、まさにリーガルサスペンスのお手本だった。

それにしても、桃井かおりってこんなにすごい女優だったんだなあ。悪女ぶりが堂に入っていた。あの気だるい喋り方は見ていて癖になる。さらに、岩下志麻も負けてなくて、謹厳な態度で悪女と正面から張り合っている。2人の対照的な人物像が鮮烈だった。