海外文学読書録

書評と感想

トーマス・アルフレッドソン『裏切りのサーカス』(2011/英=仏=独)

★★★

MI6(通称サーカス)の長官コントロールジョン・ハート)は、組織内にソ連の二重スパイ「もぐら」がいることを確信する。それを暴くためにブタペストに工作員を送るも、作戦は失敗してしまう。責任をとってコントロールは辞任、彼の右腕だったジョージ・スマイリー(ゲイリー・オールドマン)も退職する。引退生活を送っていたスマイリーだったが、まもなく外務次官から「もぐら」探しを依頼される。

原作はジョン・ル・カレ『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』【Amazon】。

全体的に地味で暗い映像が冷戦の雰囲気に合っていた。内容も007シリーズやミッション:インポッシブルシリーズのような派手さがなく、地に足のついた堅実なものである。とにかく最初から最後まで飾り気がない。硬派なスパイ映画と言えよう。

ところで、テリー・クラウディ『スパイの歴史』【Amazon】に次のような記述がある。

現存する諜報活動についての最古の記録は、ラムセス二世時代の古代エジプトヒッタイトとのあいだのカデシュの戦い(前1274頃)にまでさかのぼる。間諜の主な任務は情報収集だったが、しばしば、相手を欺くため意図的に情報をばらまいた。(p.18)

古代から現代まで、人類の歴史はスパイの歴史でもある。スパイとは、人間が集団生活を送るうえで必要不可欠なのだろう。そして、その花形とも言えるのが冷戦期で、この頃のスパイ小説は名作が多かった。グレアム・グリーンジョン・ル・カレブライアン・フリーマントル。どれも僕が若い頃にはまった作家だ。

MI6の工作員は、自分たちが25年間ソ連の前に立ち、第三次世界大戦を防いできたと自負している。冷戦期においては、兵士ではなく、自分たちが前線で踏ん張ってきたのだという。その一方、ある女性職員は「戦争があった頃はイギリス人も誇りが持てた」と述懐している。そういう複雑が事情があるにせよ、スパイが国家のために身を粉にして働いたのは事実なのだろう。しかし、どこまで国益に寄与したのかは疑問だ。というのも、ティム・ワーナー『CIA秘録』【Amazon】によると、アメリカの諜報活動はことごとく失敗してきたようなのである。国益にとってはむしろマイナスだった。そして、同じことはイギリスにも言えるのではないか。有名なキム・フィルビーを始めとして、ソ連側に多くのスパイが寝返っている。諜報戦はKGBの一人勝ちだったようだ。

しかし、そうは言っても冷戦は西側が勝利したわけだ。僕の認識では、国内政策の失敗と経済の悪化が原因でソ連は自滅したのであり、スパイによる諜報戦は大して影響がなかった。そのことを考えると、スパイたちがあれだけ血を流したのは何だったのかと虚しい気分になる。結局、国家を転覆させるほどの活躍はしなかったわけだし。危険な仕事のわりにその貢献は微々たるものだった。

終盤でもぐらが「西側はとても醜くなった」と心情を吐露し、審美的・道徳的理由から東側に寝返ったと明かす。当時はこういうのが珍しくなかったのだろう。得てして愛国心の強い人間は理想主義者が多い。それと、スパイをチェスの駒に見立てるのはこの映画を象徴しているように見えてクールだった。