海外文学読書録

書評と感想

トム・フーパー『英国王のスピーチ』(2010/英=豪)

★★★

ジョージ5世(マイケル・ガンボン)の次男ヨーク公コリン・ファース、後のジョージ6世)は、吃音症が原因で人前でのスピーチを嫌がっていた。公爵夫人のエリザベス(ヘレナ・ボナム・カーター)が夫の治療のために奔走するも、いまいち成果がでない。そんなあるとき、夫妻は言語療法士のライオネル・ローグ(ジェフリー・ラッシュ)と出会う。折しも、大陸ではナチスが台頭しており……。

吃音症の治療という地味な題材にもかかわらず、退屈させずに2時間もたせたのはさすがだった。それもこれも激動の時代を舞台にしているからだろう。治療の合間にエドワード8世にまつわるいざこざがあったり、王位に就いてからは開戦前夜の緊迫感があったり、観客を引き込む要素が多分にある。また、ジョージ6世とライオネル・ローグの関係は、『奇跡の人』【Amazon】におけるヘレン・ケラーとサリバン先生みたいで、馴れ合いを拒む2人の緊張関係も劇を引き締めている。まあ、この辺は今となっては王道なのだろう。でも、王道になるにはやはりそれだけの理由があるのだと思う。

「今の王室は役者。国民の機嫌を取らないといけない」と作中の誰かが言っていて、これって現代の日本の皇室とまったく同じじゃんと思った。しかも、1930年代で既にこういうポジションだったのがすごい。当時の日本だと天皇は現人神で、国民は彼の子供として身も心も捧げていた。イギリス王室の人たちが平民相手にラジオでスピーチしてるのって、日本人からしたらあり得ないことである。結局、日本人が天皇の肉声を聞いたのは、終戦時の玉音放送が初めてだった。このタイムラグは大きい。真に民主的な国家とはどういうものなのか考えてしまった。

それにしても、イギリス映画って美術がいいよなと感心する。本作も決してきらびやかではないのだけど、それがかえって品格を醸し出してる。傍から見るとあまり金がかかってるようには見えない。調度品も小道具も収まるべきところに収まっている。アメリカのような成金趣味とは一線を画していて、長い王室文化を持った国は一味違うと思った。

ドイツと戦争になったら頼れる王が必要だ。ジョージ6世はそのためにも吃音症を治さなければならない。それが劇における暗黙の要請になっていて、ハイライトはもちろん開戦の辞を述べるスピーチである。ヒトラーの演説が扇情的で大衆を熱狂させるものなのに対し、ジョージ6世のそれは沈着で大衆の心に染み入らせるようなものだ。両者の違いがどこかお国柄を反映しているようで興味深かった。