海外文学読書録

書評と感想

デニス・ジョンソン『海の乙女の惜しみなさ』(2018)

海の乙女の惜しみなさ (エクス・リブリス)

海の乙女の惜しみなさ (エクス・リブリス)

 

★★★★

短編集。「海の乙女の惜しみなさ」、「アイダホのスターライト」、「首絞めボブ」、「墓に対する勝利」、「ドッペルゲンガーポルターガイスト」の5編。

ときおり、テレビをつけたままベッドで横になり、何冊か持っている民話集の一冊から太古の野蛮な物語を読む。海の乙女たちを呼び出す林檎や、何でも願いを叶えてくれる卵、人の鼻を長く伸ばしては落とす梨。そしてときおり、起き上がってロープを羽織り、静まり返った近所に出ていくと、魔法の糸、魔法の剣、魔法の馬を探す。(p.47)

僕はこの著者とは相性が悪くて、『ジーザス・サン』【Amazon】も『煙の木』【Amazon】もいまいちピンとこなかったけれど、本書は独特の詩情が身にしみてとても良かった。老年期ならではの渋みがあると思う。

以下、各短編について。

「海の乙女の惜しみなさ」。広告代理店に長年勤務していた63歳の男が、自分の体験した数々のエピソードを物語る。僕は最近、雑記ブログを読むようになったのだけど、どうも若い人が書いたのよりも、ある程度歳をとった人が書いたもののほうが面白いんだよね。ひとつの世界を深く知っているからこその密度があるというか。きっと人生経験の差が出ているのだと思う。さらに、書評や読書感想文も同様で、振り返ってみると、自分が若い頃に書いたものはことごとく未熟でつまらなかった。ともあれ、本作も年輩者ならではの深みのあるエピソードばかりで面白い。

「アイダホのスターライト」。アルコール依存症治療センター〈スターライト〉。そこに入所している男が、家族やローマ法王やサタン宛てに手紙を拵える。僕は「メンヘラの世界」という記事を書くために依存症の本を何冊か読んだけど、どうやら孤立した人間ほど依存症になりやすいみたい。だから、繋がりを増やして依存先を分散させることが重要だそうだ。ひとつに依存せず、広く浅く依存していく。本作で男が方々に向けて手紙を拵えるのも、そういう助かりたいという意思の表れなのだろう。ローマ法王やサタンも含めて、広く浅く依存したい。

「首絞めボブ」。1967年。当時18歳だった男が事故を起こし、刑務所に41日間収監される。そこで様々な囚人と共に首絞めボブに出会う。首絞めボブは「妻の首を捻った後に鶏の首も捻った」とか言っていて、そのイカれ具合が奇妙なユーモアを醸し出している。本作はある予言がなされるけれど、こういうのは一種の呪いだと思った。言葉は呪い。僕みたいな愚者でもそれくらいは分かる。

「墓に対する勝利」。老作家ダーシー・ミラーの様子を見に行くと、彼は死んだはずの兄夫婦と暮らしていると錯覚していた。本作みたいな小説を読むとタナトフォビアが刺激されてなかなかきついものがある。死に満ち満ちた終盤は思わずぎょっとした。ところでこの短編、架空の作家の架空の小説が映画化される際、ジョン・ウェインクリント・イーストウッドポール・ニューマンなど、錚々たる顔ぶれをしれっと出してきて、こういうハッタリこそがフィクションの面白さだよなと思った。要するに、法螺話の魅力。アメリカ文学といったら法螺話だ。

ドッペルゲンガーポルターガイスト」。2016年。詩人のマークがエルヴィス・プレスリーの墓を暴こうとして逮捕される。マークは40年もの間、エルヴィスに対して妄想とも言える強迫観念を抱いていた。おたくというのはこじらせると陰謀論にまで行き着くようで、日本でも最近、『けものフレンズ』【Amazon】を巡ってある陰謀論が流布していた(詳細は各自ぐぐってね)。そして、一部のおたくはそれを元にして、漫画家の吉崎観音をバッシングしている。憶測がさらなる憶測を呼び、遂には妄想の域にまで達したというわけ。こういう事件があると、健常な人間とはいったい何なのか考えてしまう。