海外文学読書録

書評と感想

メンヘラの世界~精神障害者を知るための25冊+1~

メンヘラとは、狭義では精神障害者、広義では精神が不安定な困ったちゃんの意味があります。 約20年前に2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)で誕生したネットスラングで、今ではそこかしこでカジュアルに使われています。以下に紹介する南条あやの登場によって、メンヘラはサブカルチャーのひとつになりました。

本稿ではそんなメンヘラを理解するための参考文献を紹介します。皆様のお役に立てれば幸いです。

なお、文末につけた推奨度は星5が最大です。特に星4と星5はお勧め本なので、興味がある人は是非読んでください。損はさせません。

卒業式まで死にません―女子高生南条あやの日記 (新潮文庫)

卒業式まで死にません―女子高生南条あやの日記 (新潮文庫)

 

1999年3月30日に18歳で自殺した南条あやの日記です。日記はWebに掲載されたもので実際はもっと長いのですが、本書は分量の都合上、1998年5月28日、及び同年12月1日から1999年3月17日までを収録しています。

南条あやはメンヘラとは思えない天真爛漫な文章で人気を博し、当時はネットアイドル扱いされていました。彼女は鬱病で、リストカッターで、処方薬のODをしていますが、日記ではそれらをあっけらかんとした調子で書いてます。苦しみを笑いに変える彼女の芸風は、後にTwitterで流行するメンヘラ芸に通じるものがあると言えるでしょう。この頃の南条は、リストカットの代わりに献血に通って血を抜いており、慢性的な貧血に陥ってました。そのうえ、違法に手に入れたデパスやモダフィニルをスニッフしたり、友人と薬物パーティーを開いたり、その無軌道な生活は現代のメンヘラと変わりません。メンヘラのプロトタイプと言えるでしょう。

南条あやは日記を公開してから1年も経たずに自殺しました。精神科への通院歴も1年に満たないです。僕は昔、Webに公開された彼女の日記をすべて読みましたが、本書には一番面白い部分が欠けています。特に入院中の日記はもっと読まれてもいい。完全版の出版が待ち望まれます。 

なお、南条あや亡き後、メンヘラとして有名になったのがメンヘラ神です。メンヘラ神は2013年に飛び降り自殺しました。彼女がなぜ有名になったかというと、当時付き合っていた彼氏が自殺教唆で逮捕され、ニュースになったからです。これによってメンヘラが再び脚光を浴びました。メンヘラ神がTwitterで行ったメンヘラ芸も、現在では伝説として語り継がれています。

林直樹『リストカット』【Amazon】に自傷行為の事例として南条あやを取り上げた章があります。彼女の生い立ちが手際よくまとまっているので、興味がある人は読んでみるといいでしょう。

推奨度:★★★★★

八本脚の蝶

八本脚の蝶

 

綺麗なものたくさん見られた。しあわせ。
そろそろこの世界をはなれよう。(p.334)

2003年4月26日に飛び降り自殺した女性編集者のWeb日記です(享年26歳)。本書は2001年6月23日から2003年4月26日まで、すなわち自殺直前までの日記が収録されています。

二階堂奥歯は物語、とりわけ幻想文学に耽溺しており、 今まで生きてきた日数以上の本を読んでいたようです。これはただの本好きと呼ぶには半端じゃない量で、1日1冊で計算しても、20代半ばで1万冊近くに達しています。確かに日記を読むと短いペースでたくさんの本に触れていますし、また引用もかなり充実していて、相当な蓄積があるのだろうと思われます。さらに、彼女は哲学も勉強していました。幻想文学も哲学も病んでる人がはまるジャンルです。

日記は当初、コスメやファッションの話題が多くて健康的だったのですが、中盤から書物の引用が増えて内面世界に入り込んでいきます。一度は浮上していつもの調子に戻ったものの、2003年3月23日に自殺の意思を示してとうとう引き返せない場所まで行く。ただ、彼女はもともとそういう素質があったようで、1996年(19歳)の段階で父親から自殺すると思われていました。

無情にも、人間というコンテンツは死ぬことで完成される。そのことを証明したのが二階堂奥歯でした。彼女本人はメンヘラの定義には当てはまるか微妙ですが、この日記はメンヘラが読んで共感する要素が多分にあります。というのも、本書は繊細にして思索的な内容なのです。自分が生きているこの世界、否応もなく立ちはだかるこの世界に違和感がある人は読んでみるといいでしょう。

推奨度:★★★★★

ユキの日記―病める少女の20年

ユキの日記―病める少女の20年

 

精神分裂症(統合失調症)と診断された女性の8歳から21歳までの日記です。本書はノート60冊分の日記からの抜粋で、約320頁の分量になります。日記開始の時点で日本は戦時中でした。

卒業式まで死にません』【Amazon】も『八本脚の蝶』【Amazon】も元はWeb日記であり、どちらも他人に見られることを前提としていましたが、この日記は自分の感情をぶつけるために書かれたもので、公開を前提としたものではありません。著者は幼い頃から喘息で引きこもり状態。大の読書家で、その文才は二階堂奥歯アンネ・フランクに匹敵すると言えそうです。僕は本書を読んで『アンネの日記』【Amazon】を連想しました。狭い世界で生きる者の閉塞した状況が似ています。

日記を読むと、11歳の頃から自殺願望があったようです。以降たびたび死について書いてますが、クリスチャンであるため自殺はしません。思春期になると家庭内でゴタゴタが起きるようになり、父からのDVや母とのすれ違いなどで悲壮感が増していきます。

読みどころとしては、やはりその文章力の高さでしょう。

どうして私は泣いている人が好きなんだろう? 人間と人間とをへだてている"間"をどうにかして越えたいと思うのも、私たちはみな兄弟だと感じるのも、人が悲しんだり失望している時だ。私は彼の不幸をよろこぶのではない。けれども人間は悲しみや失意の時最も真実なのだ。人生は泣くべきものであり、悲しむべきものなのだ。そしてその時どんな誇りも夢も失っている人の前で警戒せず、私もまた真実でありたい。そして同じ涙の谷に住む者として慰められるものならそうしたいと思うのだ。(p.175)

17歳でこれだけ書ける人はなかなかいないです。同じ閉塞状況の日記ということで、『アンネの日記』が好きな人にお勧めです。

推奨度:★★★★★

思春期病棟の少女たち (草思社文庫)

思春期病棟の少女たち (草思社文庫)

 

たいていの患者には、病院は刑務所であると同時に避難所でもあった。世界から切り放され、自分が引き起こしてきたいろんなトラブルから隔離されたけれど、同時にわたしたちを狂うほど追いつめた要求や期待からも切り放されていた。もう気違い病院に押し込まれてるんだもの、何も期待できるはずがない。(p.118)

映画『17歳のカルテ』【Amazon】の原作です。著者は1967年、18歳のときに精神病院に入院し、そこで2年近く過ごします。診断名は境界性人格障害境界性パーソナリティ障害)。その病院にはかつてレイ・チャールズシルヴィア・プラスも入院していたそうです。

本書はエピソード集みたいな構成で、患者やスタッフのことを生き生きと描いています。日本とアメリカで精神病院がどれくらい違うのか、それを比較するのに役立つかもしれません。ただ、面白さで言えば、ネットに公開された南条あやの入院日記のほうが圧倒的で、それに比べると本書は物足りないです。

推奨度:★★☆☆☆

境界性パーソナリティ障害18歳のカルテ・現在進行形

境界性パーソナリティ障害18歳のカルテ・現在進行形

 

境界性パーソナリティ障害(BPD)と診断された著者の自伝です。保育園から高校時代までを書いてます。どうやら保育園の頃から家庭環境がよくなかったようですが、本格的に病状が出たのが小学5年生のときで、ここからリストカットが始まっています。中学生になってからは学校の人間関係が上手くいかず、自己肯定感が低いのが目立ちます。父親が異常に厳しいのも印象的ですね。著者はたびたび入院しますが、通信高校に入ってからはブロンのODを始めて深刻な薬物依存症になります。摂食障害にも悩まされていました。

文章はいかにもティーンエイジャーらしく、等身大の悩める少女が表現されています。わりと書きづらそうなことも正直に書いていて、そのうえで、これから前向きに生きていこうとしているところに胸を打たれました。生い立ちを順に追っているので、BPDを知るのに大いに参考になるでしょう。文章もなかなか読ませます。

ところで、本書を読んで「精神科病棟の身体拘束は人権侵害なのでは?」と思いました。それくらい理不尽に人間を扱っている。21世紀になってもこれではまずいのではないでしょうか?

推奨度:★★★★☆

ここは私の居場所じゃない―境界性人格障害からの回復

ここは私の居場所じゃない―境界性人格障害からの回復

 

境界性人格障害境界性パーソナリティ障害、BPD)と診断された女性が、医師のカウンセリングを受けて回復するまでの記録です。カウンセリングは1時間120ドルで、それを週に3回行うというなかなかハードなもの。それを4年間続けています。

レイチェルは感情のコントロールができず、何かあるとすぐにぶち切れて汚い言葉で罵ります。夫に対しては過度の依存や試し行為をしていて、典型的なBPDの症状が見られます。体重が増えるのを極端に嫌がるのも、洋の東西変わらないBPDの特徴でしょう。レイチェルは言動が操作的で、医師を理想の父親だと思っている。そして、見捨てられ不安がある。このように本書はBPDの言動が生々しく記されているため、この障害について知りたいなら必読です。やはり医師の書いた本よりも、当事者の書いた本のほうが迫力があります。

レイチェルが受けた治療は、現在主流の認知行動療法ではなく、精神分析による治療なので、現代人には参考にならないかもしれません。ただ、カウンセリングの様子が克明に書かれているので、これからカウンセラーを目指す人は読むべきでしょう。

ところで、本書には次のような記述があります。

神学者のなかには、本当の原罪というのは禁断のリンゴを食べたアダムとイブについてのことではないと信じている人たちもいます。児童虐待に関するものだというのです」

児童虐待?」

「そうです。世代を通じて代々受け継がれていく罪がほかに思い当たりますか? 児童虐待は何世代にも及んでいきます。虐待された子ども、傷つき、ダメージを受けた子どもは、虐待的な親になります。今度は自分がわが子を虐待するようになるのです。自分自身が虐待的な親となってしまうのです。親による虐待の罪は二十世代、いえ三十世代にわたって子孫に波及効果をもたらす可能性があるということです」(p.410)

カラマーゾフの兄弟』【Amazon】でなぜ児童虐待を扱っているのかこれで腑に落ちました。

推奨度:★★★★☆

魂の声 リストカットの少女たち -私も「リスカ」だった

魂の声 リストカットの少女たち -私も「リスカ」だった

 

新聞記者で自身も自傷経験のある著者が、リストカットの当事者たちに取材した本です。タイトルに「リストカットの少女たち」とありますが、1人だけ男性のリストカッターも登場します。自傷は心の叫びというのが本書の一貫したテーマになるでしょうか。

本書の特徴は、取材活動そのものがひとつの物語になっているところです。著者は取材者との距離感に注意を払い、自分と息子を守るために、ある部分で線を引く。相手に依存されないようにしている。しかしその一方、取材者には真摯に向き合い、なるべく誠実であろうとしている。リストカットについては医師の書いた解説本が圧倒的に多いので、こういうフィールドワークは貴重と言えるでしょう。

リストカットというと親からの虐待が典型的な引き金になってますが、そうではないケースもあるのでなかなか難しいところです。これが原因だと一言で示すことが出来ない。それゆえに厄介です。

そんななか印象に残ったのが、「きれいな虐待」という概念でした。

核家族化、少子化が進み、親子関係が昔より密になったこの時代、敏感な子は親の気持ちに簡単に支配されてしまう。親が苦労する姿を見せただけで子どもは親に遠慮して育つ。成績が上がったとか、逆上がりができたとか、親の期待通りに行動できた子どもをほめるだけで、親の顔色をうかがう子に育つ。昔なら何でもなかった行為が、今は虐待と同じ意味を持ってしまう。だから「いい子」の仮面を被っていた子がある日突然、自傷する。引きこもる。(pp.201-202)

この部分を読んで、子育ての難しさを思い知らされました。

推奨度:★★★☆☆

リストカットシンドローム

リストカットシンドローム

 

著書自身がリストカットの経験者であり、90年代後半に「自傷らーの館」というWebサイトを運営していたようです。「リストカットをする人のほとんどは、小さいときから金銭的には何不自由なく過ごし、高学歴の持ち主だ」(p.13)という記述に時代の古さを感じます。というのも、現在ではリストカットが一般化し、これに当てはまらない人が多く自傷行為をしているので……。

本書では8人のリストカッターに取材してそれぞれの生い立ちを紹介していますが、みんな若いのに壮絶な過去を背負っていて、リストカッターの境遇は今も昔も変わらないのだなと暗澹たる気持ちになりました。今は当時と比べてテクノロジーは発展しましたが、親子関係に代表される人間同士の齟齬は是正されず、20年前の問題がそのまま現代に持ち越されている。社会はまったく進歩していない。これはさすがにまずいんじゃないかと思いました。

推奨度:★★☆☆☆

シュレーバー回想録 (中公クラシックス)

シュレーバー回想録 (中公クラシックス)

 
ある神経病者の回想録 (講談社学術文庫)

ある神経病者の回想録 (講談社学術文庫)

 

パラノイアと診断されたドイツの法律家による回想録です。精神病院に入院中の1900年から1902年にかけて書かれました。著者は1842年生まれなので、書き始めたのは58歳のときです。本書には2種類の邦訳がありますが、僕は中央公論新社版で読みました。

統合失調症の幻覚・幻聴・妄想が、知的かつ冷静な筆致で書かれていて驚きました。シュレーバーは超感覚的な諸力と交信し、精神科教授と神経接続して魂の交流をしている。少なくとも本人はそう主張している。 本書のキーワードは、「神経接続」、「神の光線」、そして「女体化妄想」です。彼は独自の神学体系を築き、宇宙進化論的な見解を披露する一方、自分の体が女体化していると信じている。これはいったいどういうことなのか? 全体的に書かれていることは荒唐無稽ですが、文章がやたらと端正で真実味があります。この人のなかではこういうことが実際にあったのだという感じです。

本書を読んで思ったのは、幻覚や幻聴、妄想などは文化的コンテクストに依存するということです。現代人だったら「電磁波に攻撃されている」と訴えるところ、シュレーバーは神経や光線を持ち出して自身の世界観を語っている。精神がキリスト教の神と密接に結びついている。妄想も時代の制約からは逃れられないということなのでしょう。これは統合失調症を考えるうえでの貴重な資料だと思います。

なお、フロイトが本書を読んで、本人に対面せず精神分析したのが『シュレーバー症例論』【Amazon】です。

推奨度:★★★★☆

狂気の歴史―古典主義時代における

狂気の歴史―古典主義時代における

 

狂人が中世の人間的な景色のなかに親しみぶかい姿で現れたのは、狂人が別の世界からやってきたからだった。今や、狂人は、都市における人間個人の秩序に関与する、《治安》問題を背景にして、鮮明な姿を見せようとする。昔は、別世界からやってきたから、狂人はもてなされたが、今後は閉じ込められるだろう。狂人はこの世界から来ているのであり、貧乏人、あわれな人、放浪者の仲間なのだから。(p.81)

文芸復興期(14~16世紀)から古典主義時代(17世紀後半~18世紀末)に至る狂気と狂人の扱いを、歴史的かつ哲学的に論じた本です。著者によると、18世紀末に狂気が精神病として制定されたそうです。古典主義時代に狂人が放蕩者や無宗教者と一緒に監禁されていたことや、狂気の分類の変遷、フロイトによる精神分析の功罪など、所々面白い部分はありますが、総じて読みづらいので特に通読する必要はありません。

ではなぜここで取り上げるかというと、現代のメンヘラ芸はユーモアという衣に包まれた狂気ではないかと思うからです。そして、彼らは率先して見世物(コンテンツ)になっている。

気違いを見世物にすることは、おそらく、中世にさかのぼる非常に古い慣習だったにちがいない。ドイツのいくつかの狂人の牢獄では、格子窓がつけてあって、つながれている狂人たちを外部から見られる仕掛けになっていた。彼らは都市の城門のところで見世物にされていたのである。この慣習は[のちに]狂人保護院の門がかたく閉ざされる時代にも消滅しなかったし、それどころか、パリやロンドンでは、ほとんど制度的な性格をおびつつ、発展していったのであった。依然として一八一五年にも、ロンドン自治体当局へ提出された報告を信ずると、ベスレヘム病院は日曜日ごとに一ペニーの料金で躁暴性の狂人を見せている。(pp.168-169)

現在のところ、実生活においてメンヘラは見世物にはされていませんが、インターネットでは自ら率先して見世物になっています。承認欲求を満たすため、自身の狂気を笑いに変えて切り売りしています。この捻れた構造を踏まえたうえで、新たな「狂気の歴史」が書かれるべきだと僕は思います。

推奨度:★★★☆☆

再婚生活 私のうつ闘病日記 (角川文庫)

再婚生活 私のうつ闘病日記 (角川文庫)

 

著者の山本文緒直木賞作家。本書は2003年から始まる鬱病闘病記です。鬱病になると寝たきりになるというイメージがありますが、著者は仕事を続けていたり、頻繁に外食をしたり、クラブに酒を飲みに行ったりしています。途中からはスポーツクラブにも通い始めました。 ただ、病気の症状は所々に出ていて、不眠と過眠を繰り返す、自分で料理が作れない、だるくて動けないなど、その日によって体調に波があるようです。精神科に入院もしました。興味深いのは、「だるい」という言葉はちょくちょく出てくるのに、「死にたい」という言葉は一度も出てこないところでしょう。仕事で書いている日記だから伏せたのか、本当に「死にたい」という気持ちがなかったのか、それは著者のみぞ知るという感じです。

以前、ある鬱病はてなブロガーが、「鬱病のくせに障害年金を貰って毎日遊んでいる」と言い掛かりをつけられ、最終的にはブログを閉鎖するはめになりました。しかし本書を読むと、鬱病でも動けるときは動けるし、動けないときはまったく動けない、つまり、体調に波があることが分かります。そのブロガーは理不尽に叩かれて可哀想でした。

なお、著者はリタリンを処方されており、しばしばそれでドーピングして急場を凌いでいます。リタリンは覿面に効くらしいです。 

推奨度:★★★☆☆ 

見える暗闇―狂気についての回想

見える暗闇―狂気についての回想

 

ソフィーの選択』【Amazon】や『ナット・ターナーの告白』【Amazon】で有名な作家ウィリアム・スタイロン鬱病闘病記です。分量は130頁と短いですが、自身を襲った病状を的確に表現し、著名な鬱病作家や自殺者などを引き合いに出しつつ、文学的香気を漂わせる文体で鬱病を語っています。特徴的なのが、徹底的にこの病気について調べ上げているところでしょう。1990年に既にセロトニンなんて言葉が出てくるのには驚きでした。本書は先に挙げた山本文緒の闘病記とは対照的なので、人によって好みが分かれるかもしれません。

ところで、2000年頃に製薬会社が「うつは心の風邪」とキャンペーンを打ち、抗精神病薬の売上を伸ばしました。この件について世間では賛否両論ありますが、鬱病は誰でもかかり得るものだと啓発した点は評価すべきだと思います。

推奨度:★★★☆☆

真昼の悪魔〈上〉―うつの解剖学

真昼の悪魔〈上〉―うつの解剖学

 

鬱病について様々な観点から掘り下げた本で、全米図書賞のノンフィクション部門を受賞しています。これは受賞するのも納得の力作でした。まず著者自身が鬱病なのですが、その個人的な体験を起点に、専門家の知見やフィールドワーク、膨大な資料の調査を行っており、基本的な情報から代替療法まで、さらには依存症と自殺の問題から、西洋における鬱病の歴史まで、この病気に関するトピックを網羅しています。鬱病についての本ならまずこれを読めという感じです。

個人的には「歴史」の章が一番面白かったです。西洋では鬱病の歴史は思想史と密接に結びついているそうで、鬱病の地位や治療法など、その変遷を分かりやすく追っています。たとえば、古代ギリシアヒポクラテス鬱病を薬の服用で治療すべき脳の病気であると主張し、暗黒の中世では鬱病は神に疎まれた証拠とされ、ルネサンス期には鬱病ロマン主義的に捉えている。そして、その後も一筋縄ではいかない……。これは勉強になるので是非読みましょう。

推奨度:★★★★★

躁鬱なんです、私。 (一般書)

躁鬱なんです、私。 (一般書)

 

双極性障害Ⅱ型と診断された人のエッセイ漫画です。著者は24歳のときに鬱病になったのですが、その後一度は完治し、今度は34歳になって再発、そのときに診断名が双極性障害になったそうです。

本書は闘病記に分類されるのでしょうが、これを読んで双極性障害がどんな病気なのか理解することは困難です。著者自身病気についてあまり勉強しておらず、憶測が多いうえに書かれていることも双極性障害と関係あるのか分からない。あくまで日常エッセイといった趣きです。

巻末で精神科医の大野裕と対談しています。この部分だけはかろうじて有用です。

推奨度:★☆☆☆☆

躁うつ病を生きる―わたしはこの残酷で魅惑的な病気を愛せるか?

躁うつ病を生きる―わたしはこの残酷で魅惑的な病気を愛せるか?

 

本書は双極性障害の当事者が書いた自伝ですが、通常の自伝と違うのは、著者が医学部教授で双極性障害についての専門家であるところでしょう。つまり、治療者にして当事者であるということです。著者は高校時代に病気を発症後、大学に入って医学を志し、遂にはテニュア(終身在職権)まで上り詰めています。その間、双極性障害の特に躁状態に苦しんだようで、文中には炭酸リチウムがかなりの頻度で出てきます。炭酸リチウムは躁状態を抑えるのによく効くみたいです。

個人的には、「理論的なレベルでの理解が必ずしも日常的なレベルの理解につながるわけではない」という文章にはっとしました。要するに、治療者などの第三者が当事者のことを理解するには限界があるわけです。当事者だからこそ分かることもあるので、各々が積極的に情報発信したほうがいいと思いました。

推奨度:★★★☆☆

うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち

うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち

 

鬱病を脱出した人たちに取材したドキュメンタリー漫画です。大槻ケンヂや宮内悠介、一色伸幸など、17人にスポットを当てています。1編1編のボリュームが少なくて物足りないですが、体験談としては鬱病に罹る際の共通点だったり多様性だったりが分かって興味深かったです。

本書を要約するならば、「鬱病になるのは自分を嫌いになるからであり、うつヌケには健康的なナルシシズムを取り戻すことが必要」ということになるでしょうか。そのためには自分を否定するものから遠ざかり、自分を肯定してくれるものに近づくのがいいそうです。

本書はあくまで個人の体験談なので、医学的根拠はひとまず棚上げにして、こういうこともあるのだと割り切って読むべきです。眉に唾をつけて、半信半疑で。

推奨度:★★★☆☆

お笑い芸人・ハウス加賀谷の闘病記です。僕は本書を読むまで、「この人は大人になってから統合失調症になったのだろう」と思っていたのですが、実は中学生のときに幻聴、高校生のときに幻覚が現れて、16歳のときにグループホームに入った。そこからお笑い芸人を目指して事務所に入り、ハウス加賀谷という芸名はグループホームが由来だという。このように発端からして波瀾万丈ですが、さらに事態は動いていって最後まで引き込まれます。芸人になってからのOD、コンビの解消、精神病院への入院、退院後のアルバイト生活、そして芸人へ復帰……。文章も平易でとても読ませる本になってます。

ハウス加賀谷エビリファイを処方されてから劇的によくなったそうです。人によって薬の合う合わないがあるようですが、この人にはエビリファイが合った。ともあれ、無事芸人に復帰できてよかったです。読んでいてほっとしました。ここまで読者を感情移入させる本も珍しいと思います。

推奨度:★★★★☆

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

 

アニメーター及び演出家として、『タッチ』【Amazon】や『ドラえもん』【Amazon】などに携わった人の闘病記です。本書のサブタイトルには「統合失調症」とありますが、双極性障害も併発しているので、正確には「統合失調感情障害」になります。

本書はある程度寛解した時点で書かれていますが、それでも序盤から関係妄想や誇大妄想が強くて、これは只者じゃないという気配がします。発病する前から突っ走る傾向にあり、「アニメーションで体制を変える」などと理想を語っています。空想を具現化する著者の職業と、この病気は親和性が高いのではないかと疑ってしまうほどです。著者はおニャン子クラブとんねるずが好きなようで、これらも妄想の種になってしまいます。本書は闘病記でありながら多くのサブカルチャーに言及しているため、80年代当時の空気を感じることができてお得です。

発狂して街を彷徨う場面からは臨場感が抜群で読み応えがあります。統合失調症の人には世界がこう見えているのかという感じです。驚きの連続でした。これは当事者じゃないと絶対に書けない内容なので、この病気を理解したい人は必読でしょう。

個人的にもっとも印象に残ったのが、著者が警察に連れられて精神病院に行ったとき、診察室の椅子に座っていた医師に対して、「あだち充さんですか」と尋ねた場面。不謹慎ながら思わず笑ってしまいました。

推奨度:★★★★☆

エデン特急―ヒッピーと狂気の記録

エデン特急―ヒッピーと狂気の記録

 

永遠に目覚めていることが自由の代価なんだ。

狂気は永遠に目覚めていることの代価なんだ。(p.151)

著者は作家カート・ヴォネガットの息子。彼は大学卒業後にヒッピーの集落を作るべくカナダへ移住し、そこで精神分裂病統合失調症)を発症します。今読むと闘病記としての価値はそんなにありませんが、ヒッピーに興味がある人は読んでみるといいかもしれません。何しろ当事者が書いているので、彼らの生態がよく分かります。

メンヘラにはヒッピー気質があると僕は思っていて、たとえば最近のメンヘラはシェアハウスで共同生活をし、仲間内で大麻を吸ったり、薬物をODしたりしています。ヒッピーとメンヘラ、時代を超えて共通したライフスタイルを持っているところが興味深いです。

ちなみに、著者は入院中にクロルプロマジンを投与されています。この薬は70年代に既に使われていたようです。

推奨度:★★☆☆☆

本書では境界性パーソナリティ障害、自己愛性パーソナリティ障害、ヒステリー性格の3つに焦点を当て、それぞれの性格を分析しつつ彼らと付き合う方法を提示しています。誤解を受けそうなタイトルですが、中身は極めてまっとうです。

南条あやとメンヘラ神に代表される通り、メンヘラ文化を作ってきたのは境界性パーソナリティ障害の人たちでした。メンヘラの代名詞であるリストカットやODは境界性パーソナリティ障害の特徴であり、これを理解することはメンヘラ文化を理解することに繋がります。本書を足がかりにして、類書に手を出していくとよいでしょう。

ちなみに、柴田豊幸『あなたを悩ます困った人』【Amazon】は、パーソナリティ障害群の他に、ASDADHD双極性障害統合失調症認知症などをカバーしています。副読本にちょうどいいかもしれません。

推奨度:★★★☆☆

アマニタ・パンセリナ (集英社文庫)

アマニタ・パンセリナ (集英社文庫)

 

メンヘラと言えば、薬物とは切っても切れません。彼らはよく抗うつ剤睡眠薬、ブロンなどをODしています。

本書は様々なドラッグにまつわるエッセイですが、本稿に関係あるのは「睡眠薬系統」、「咳止めシロップ」、「抗うつ剤」の3章でしょう。さすがに、シャブやLSDをやる人は少ないと思うので……。

著者の中島らも鬱病リタリンを処方されていたようで、飲んだときの感覚を次のように表現しています。

飲み始めて三日目くらいに、異常にシャキーンとしている自分に気づいた。その高揚の仕方というのは、言葉にして言えば、
「君たち、何をしているんだ。一緒に地球を守ろうじゃないか」
とでも呼び出してしまいそうな感じだ。

リタリンは覿面に効くらしい。

また、「咳止めシロップ」の章では、10年来のブロン中毒だった著者が離脱症状の苦しさを書いていて、なかなか啓発的な読み物だと思いました。敢えてブロンの効果ではなく、止めたときのつらさを書くところがいい。ちなみに、ブロンの乱用は1985年頃、都市のディスコに集う若者を中心に流行したそうです。30年以上の伝統があったとは驚きでした。

なお、『つながりから考える薬物依存症』【Amazon】によると、「ストレスや悩みといった心理的苦痛の存在が薬物依存症の発症を促進する」そうで、精神障害者に依存症の人が多いようです。睡眠薬抗不安薬で人気なのが、1位エチゾラム(商品名デパス)、2位フルニトラゼパム(商品名ロヒプノールサイレース)、3位トリアゾラム(商品名ハルシオン)、4位ゾルピデム(商品名マイスリー)だとか。

言うまでもないですが、薬物の乱用はあなたの健康を損ねる恐れがあるので止めましょう。薬物ダメ。ゼッタイ。

推奨度:★★★☆☆

ヒステリー研究〈初版〉 (中公クラシックス)

ヒステリー研究〈初版〉 (中公クラシックス)

 

ヨーゼフ・ブロイアーとジークムント・フロイトによる共著で、原書は1895年出版。現在で言うところの解離性障害を扱っています。この病気については他にいい本がなかったので、有名な本書を取り上げることにしました。

本書の見所は、ヒステリーの症例として5人の女性にスポットを当てているところです。ブロイアーとフロイトは病の原因をトラウマに求め、カタルシス法と呼ばれる方法で女性たちを治療しています。

カタルシス法とは何か? 第一章でブロイアーが以下のように説明しています。

私たちはすなわち次のような発見をしたのである。私たち自身これには当初、大いに驚いた。つまり、誘因となる出来事に関する思い出を完全に明晰なかたちで喚び覚まし、その想い出に随伴する情動をも目覚めさせ、さらには患者が可能な限り詳細にその出来事について物語り、その情動に言葉を与えたとき、個々のヒステリー症状はただちに消失し、二度と回帰することはなかったのである。

これを実践するために、医者が探偵役になって推理小説みたいな謎解きをしているのが面白いです。つまり、患者たちのトラウマを探るようなことをしている。フロイトに至っては、自分の論文を短編小説みたいだと自虐的に語っていて、医学書とは思えないユーモアが味わえます。実際、カタリーナの項は小説形式で書かれてました*1

本書は19世紀末の精神医学に興味がある人向けでしょう。

推奨度:★★☆☆☆

人生は地獄 子供を生むことは犯罪である!

人生は地獄 子供を生むことは犯罪である!

 

メンヘラは自身が不幸な境遇であるせいか、反出生主義者が多いです。本書はその思想を表明した怪作で、心に響く文章が多数あります。

以下に引用してみましょう。まずは労働の苦しみについて。

私達は誰にも"生んでくれ"と頼んで生まれてきたわけではありません。ある日突然、親の一方的意志によって有無を言わさず生み出され、生きてゆくべく強制されたのです。もし労働が、生きるための不可欠な条件だとすれば、労働によって生じた膨大な肉体的・精神的苦痛に対して、当然、生み出した者による充分な償いがなされなければならない筈です。(p.30)

続いては、生まれの不平等について。

顔や姿や頭や体に欠陥のある子供をこの世に生み出すことは、最愛の子供に対する最大の侮辱であり、人間の「幸福なるべき権利」に対する重大な侵害であり、いわれなき「虐待」であると思います。
どうか、顔や頭や体に自信のない人は、そして遺伝の法則を信ずる限り、あるいは親としての当然の「愛情と責任感」を有する限り、豚や鼠のように。何の分別もなく子供を生み出すわけにはいかないのだということを自覚して戴きたいと思うのです。(p.54)

そして、「生」の恐ろしさについて。

死が恐ろしいと思うのは、人間が生きているからで、生きていなければ、生まれてこなければ死の恐怖もありませんし、何の苦しみもありません。人間にとって本当に恐ろしいのは実は死ではなくて「生」なのです。嫌悪し、憎悪すべきは死ではなくて「生」なのです。生まれるから死ぬのですし、せっかく生まれたにもかかわらず自殺しなければならないほど、生の世界は不幸なところだからです。(p.67)

著者は反出生主義者ですが、自殺を勧めていないところが良心的です。むしろ、真理に到達したのだから、本書の思想を広めるよう説いています。また、自分が生まれたのを親のせいにしないよう注意しています。全ては自然が悪いのだから、恨むのは自然にしましょう、と。このバランス感覚が、本書を読む快さに繋がっています。

推奨度:★★★★☆

生誕の災厄

生誕の災厄

 

一定の年齢に達したら、人間は名前を変えて、どこか目立たぬ一隅に隠れ住むべきである。誰とも面識がなく、友人や敵に再会する危険もまたなく、仕事に飽き疲れた悪人のようにして、安らかな生涯を終えられる場所に。(p.149)

思想家シオランアフォリズム集です。厭世的・ニヒリズム的な文章が多く、この人は相当な生きづらさを抱えながらも、なお生き続けた人なのだと思いました。精神的に落ち込んでいる人が読むと、何となく救われるんじゃないでしょうか。著者はショーペンハウアーニーチェ、あるいはサルトルのようにセンスがよく、読んでいてつい引用したくなるフレーズが目白押しです。まさにメランコリーの芸術といったところです。

推奨度:★★★☆☆

NHKにようこそ! (角川文庫)

NHKにようこそ! (角川文庫)

 

これは2002年に刊行された小説ですが、現代のメンヘラ男性のバイブルになっていて、アニメ化もされています。

語り手の佐藤達広は大学中退の22歳ひきこもり男性。アパートの一室で幻覚剤をスニッフしながら、にっちもさっちもいかない生活を送っていました。ところが、ひょんなことから中原岬という17~8歳の少女と出会います。佐藤は岬ちゃんによるひきこもり脱出計画に巻き込まれるのでした。

この小説にはメンヘラ女性が2人登場します。

1人は高校時代に知り合った文芸部の先輩。彼女は『完全自殺マニュアル』【Amazon】を読んだ数日後、手首に包帯を巻いて登校してきました。その後、大人になってから佐藤と再会するのですが、そのときは精神科を3つほど掛け持ちしてリタリンを服用している、そんなメンヘラ女性になっていました。

もう1人はヒロインの中原岬。彼女がひきこもりの佐藤に接近した動機がまたメンヘラそのもので、終盤では睡眠薬をODして自殺を図ります。

本作がメンヘラ男性のバイブルになっているのは、ひとえにこの中原岬の存在ゆえでしょう。少女が自分みたいな駄目人間に近づいてきて、世話焼き女房よろしく冴えない現実から救ってくれようとする。その一方、実は彼女自身が心の闇を抱えていて、駄目人間の自分がそんな彼女を救うことになる。エロゲ的な都合のいいシチュエーションが味わえると同時に、こちらのメサイアコンプレックスも満たしてくれる。少女に救われたい、少女を救いたい、少女を救うことで自分も救われたい。そんな内容だからメンヘラ男性に受けているのです。

というわけで、メンヘラ男性の欲望を理解したい人は本作を読んでください。

推奨度:★★★★☆

 

以下、おまけ。プラス1の部分です。

メンヘラ男性とメサイアコンプレックス(メサコン)は切っても切れない関係です。メンヘラ男性のほとんどはメサコンであり、常に誰かを救いたいと思っています(そこをメンヘラ女性に見透かされてカモにされています)。本作はアニメ作品ですが、そんなメサコンの悲劇を痛切に描いており、すべてのメンヘラ男性は涙なしでは見れません。作品としての出来も素晴らしいので、これまでアニメに縁がなかった人も是非見てください。メンヘラ男性の業が分かります。

推奨度:★★★★★

*1:マーティン・エドワーズ『探偵小説の黄金時代』【Amazon】によると、フロイトは探偵小説のファンで、特にアガサ・クリスティーオリエント急行の殺人』【Amazon】を楽しんだとか。