マヌエル・プイグ『天使の恥部』(1979)

★★★★

(1) 1936年。映画女優の女は、夫によって電流を流した鉄柵のなかに閉じ込められていた。彼女は死者との密約により、30歳になったら他人の心が読めるようになるという。女はスパイの男に恋をして一緒に脱出する。(2) 1975年。メキシコ。癌で闘病中のアンは日記をつけたり、友達や愛人と会話をしたりしている。(3) ポスト原子力時代。セックス治療部に所属するW218はLKJSという男と恋に落ちるも、彼は某国のスパイだった。

でも、世界は男の人たちのもの。法王だって男性、政治家も科学者も。そして、世界はそうしたもの。男の姿に、類似点に合わせて世界は作られている。どれもこれもひどくひどく非人間的で醜悪で荒っぽい。(257)

ペロリストとかペロニズムとか、アルゼンチンの政治についてやたらと会話を繰り広げているので、てっきりこれが主題なのかと思っていたら、案に相違して女性の恋の物語、さらには母と娘の物語だった。まあ一応、そういった政治状況が創造の源になっているのだから、まったく無関係とは言いきれない。強いて言うならば、ライトモチーフといったところだろう。この小説は(2) があるからこそ、(1) と(3) もあるという構造で、そのなかに創造主の願望や欲望の破片を見出すところにちょっとした楽しみがある。こういう状況があるから、こういう物語が生まれたのだなあという感じ。人が物語を作るとはどういうことなのか、ある意味その根源に迫った作品と言えるかもしれない。

スパイ小説風味のメロドラマが意外と面白く、わりとわくわくしながら読んでいったのだけど、それにしても、(1) のあっけない終わり方には面食らってしまった。このまま物語の最後まで引っ張っていくのかと思ったのでびっくり。その後を引き継いだ(3) はSFを取り入れながらもやっぱりスパイが絡んでいて、お前はどんだけスパイが好きなんだよってついツッコミを入れてしまった。たとえば007シリーズは男のハーレクインと呼ばれているけど、実はこれって女性にも需要があるのかもしれない。ここから自分を連れ出していってくれる白馬の王子様として受容されている、というか。

それにしても、本作は終わり方が良かった。世の中にはラスト一行に余韻が乗る小説が多々あるけど、本作もその仲間に入ると思う。小説って終わり良ければ全て良しってところがある。