海外文学読書録

書評と感想

ベルトルト・ブレヒト『三文オペラ』(1928)

★★★

ロンドン。乞食の元締めをしているピーチャムには娘のポリーがいた。ポリーは盗賊団のボス・メッキースと恋仲になっていて、馬小屋で結婚式を挙げることになる。一方、メッキースは警視総監のブラウンと親友で、犯罪のお目溢しをしてもらっていた。そんななか、ピーチャムはポリーとメッキースの仲を裂くべくメッキースを逮捕させようとする。折しもロンドンでは女王の戴冠式が迫っていて……。

ピーチャム さあ、前進、前進だよ。本当はお前ら、ターンブリッジの下水溝で腐っちまってたところなんだ。俺が夜も寝ないで、お前らの貧乏を、一ペニーでも多く金にする方法を思いつかなかったらな。ところが俺は気がついた。この世の持てる連中は、貧困を作りだすことはできるくせに、貧困を見てはいられないってことをな。持てる者だって、俺たちと同じ、臆病者の愚か者なんだ。奴らときたら、死ぬまで十分なくらい食う物を持ち、バターを塗りたくって、落っこちたパンで床まで脂っぽくなるぐらいに贅沢三昧しているくせに、飢えて倒れる連中を平気で見る勇気は持ってねえ。だから、飢え死にするなら、奴らの家の前でやらなきゃならねえ。(Kindleの位置No.1401-1408)

戯曲。全三幕。

裏社会を戯画化するところはまさに大人の童話で、思ったよりもモダンな戯曲だった。メッキースなんて人を殺すのを何とも思ってない悪党なのに、読んでるほうとしてはそんなに憎めない(かといって親しみをおぼえるわけでもない)。「非実在青少年」ならぬ非実在悪党という感じがする。また、ピーチャムもけっこうえげつなくて、手下の乞食から毎週稼ぎの50パーセントを巻き上げているのだからのけぞる。本作は2人の対立を軸に話が進み、最後は飛躍的な展開で止揚するのだからよくできている。

本作には戴冠式というハレの舞台が登場し、そこに裏社会が関わっていく。言うまでもなく、戴冠式はロンドン中が湧き上がるビッグイベントだ。メッキースを逮捕させたいピーチャムは、警視総監のブラウンに対して脅しをかける。もしメッキースを捕まえなかったら戴冠式に乞食を動員してデモを行うぞ、と。乞食の悲惨さをロンドン市民、ひいては女王陛下に見せつけるというのだ。貧民が女王という究極のブルジョワに一矢報いる。その図式が痛快で乞食オペラの面目躍如といった感がある。

第三幕にあるポリーとルーシーのやりとりも面白い。ポリーはメッキースと結婚したばかりの新妻で、ルーシーはメッキースの元カノなのだけど、2人の間で恋の鞘当てが行われる。友好的なそぶりで探り合いをし、時に微妙な言い回しで相手を擦るところはまさに女の戦いだった。しかも、そのやりとりを通じて2人が友人関係になるのだから粋である。それもこれもメッキースという共通の敵があればこそで、ここに人間関係の力学が凝縮されている。

絶体絶命の窮地から無理やりハッピーエンドに持っていくラストがすごい。フィクションでしかできない力技である。それまでの罪を洗い流すおとぎ話のような奇跡。このラストはディズニー映画のような風格さえ漂っている。